KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

羽州街道を行く(銅町、千歳、長町編)

どーもKABUOです。

山形城下町編も終わり羽州街道を北上して

天童市方面を目指します。



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前回よりまず最初に銅町に到着します

銅町梅雨山形鋳物の製造で有名な町です



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道沿いに歩けば鋳物の製造販売を行う

お店が並んでおります。

銅町は前九年の役の際に源頼義に従軍した鋳物師が

馬見ヶ崎川に流れる良質な土質を見つけ

この地に止まった事が始まりとされています

そして最上義光時代に町作りの基礎を作られたと

言われています



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ここから馬見ヶ崎川を渡ります

銅町から馬見ヶ崎橋を渡り信号を左に曲がります。

今は千歳橋を渡り直進すると

落合スポーツセンターや山形県立病院に

到着しますが、信号を左に曲がるのが

羽州街道の旧道で山形市千歳地区になります。




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渡辺だんご屋さん



Googleマップで評判だったのでお団子を頂きました

山形では、ずんだ団子をぬた団子と呼びます

ぬた団子はかなり甘く、団子もモチモチと

評判通りの美味しさでした。



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古峯神社と水天宮



馬見ヶ崎川の畔でもある千歳地区は洪水も

度々と起こっており、水天宮を祀って

祈願を行いました。

羽州街道を行く(山形城下町編⑧)

山形城下町編も8回目となりました。

今回は相生町から宮町と進み

山形城下町編最後になります

でははりきってすすんで行きましょう‼。



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前回のこちらから県道22号線に沿って

左に曲がります。



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交差点を曲がって相生町、旧鍛冶町の柱を発見。

最上義光の城下町以来の鎌 鍬 等を製造する

職人町との説明がされています。

通り沿いを進むと金物屋さんがあり

町名の由来の面影が残っております。

最上義光時代にはまだ文翔館周辺は

馬見ヶ崎川から河川が流れており

火を取り扱う為、火災防止の観点でこちらに

鍛冶町を設置したと思われます。

その後、鳥居家、保科家時代に河川は

埋め立てられたと言われています。



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浄光寺



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菅原神社


その為、相生町の相生には(川が合流する)と

言った地名説があるそうです



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宮町にある山形市立第三小学校になります

周辺には旧四日町と旧伊賀町の柱があり、

四日町の由来は四日の日に市が立ち、

伊賀町の由来は諜報活動を行った、伊賀衆が

移住していたのが名前の由来になります。



・・・伊賀衆ってこの山形にいたの?

何かイメージわかないな~~。

というか忍者とか東北にいたのか?

謎が深まりますね?

今度、資料で調べてみましょう



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冨田歯科医院さんの十字路を今度は右に曲がり

県道22号線に沿って北に向かいます。



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ここら辺は宮町と言う地名で由来は

鳥海月山両所宮に由来すると言われております。



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北山形駅と駅前の小便小僧


やっと北山形駅まで到着しました。

基本的にKABUOはカブで現地に向かい、

後は徒歩で散策するので歩き疲れます。

北山形駅には季節事に着せ替えを行う

小便小僧がちょっとした有名スポットになってます

裏には「誘惑に負けない勇気、強い意志」と

書かれた看板が立っております

・・・・・誘惑に負けて、立ち小便してるっすよ。



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北山形周辺はこんな感じでした。

登下校の城北生がチラホラと歩いておりました。



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北山形駅近くのスーパー、ヤマザワ近くにこんな

柱が立っておりました

ハッピーミシンと言われてもピンときませんね

ある年代の方々はピンと来るのでしょうか?



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円応寺



宮町の観音堂公園まで少し歩き

円応寺さんに到着しました。

観光協会では

正平年間(1346~1369)に山形初代藩主斯波兼頼が山形城を築城中、当地に仮住まいをしたと言われる。その時、愛用のかぶとに施された、弘法大師作とされる約7cmの聖観世音菩薩の前飾りを、仮住まいに安置して守護仏としたことが創建の由来とされる。こういったいわれから「仮屋観音」と呼ばれ、人々の信仰を集めてきた。
 それから400年余り後、享保年間に山形の比丘光厳という僧侶が作像した大仏の胎内に本尊を安置した。このため「腹ごもり観音」と呼ばれた。

(山形市観光協会 引用)


と説明されております。

また円応寺さんは、最上三十三観音

4番目の参拝所になります



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では羽州街道を進んで参りましょう。

途中で鳥海月山両所宮の柱が立っており

参道はこちらからになります



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鳥海月山両所宮

http://www.kankou.yamagata.yamagata.jp/db/cgi-bin/search/search.cgi?panel=detail&d01=883

(公式ホームページ)



宮町の地名の起こりとなった、山形随一の大きさを誇る鳥海・月山両所の神社。源頼義と義家によって康平6年(1063)に創建されたと言われています。古くから「お宮様」と称され、北の総鎮守として尊崇されてきました。
 縁起によると、康平6年(1063)正月、源頼義が阿倍貞任を征伐し、その戦捷のため、この地に両所宮を建立し、国家泰平・武門吉事の宮と称したという。
 明治以前は、別当寺は成就院(560石)で、その輩下に社陣21人(129石)があり、別に天台三ヶ寺として、如法堂(68石)・護摩堂(85石)・内御堂(50石)が、両所宮に奉仕していた。
 境内の金井の泉は、金井の庄の起源とされ、また、金売吉次の金洗いの井戸とも伝えられている。
 本殿は最上義光時代に大修理が加えられたが、寛永年中に焼失し、享保年中に再建されたものという。
 入口の山門は、天明3年(1783)6月の建立になり、高荘な楼門で、現在は随神門と称され、また、境内の城輪神社は、桃山時代の建物である。

(公式ホームページ 引用)



季節は4月頃でまだ桜も咲いており、

綺麗な風景がありました。

昔の地図を見ますとここら辺迄武家屋敷が続いて

おりました。



続く

オススメしたい本(古地図編)

東北の街道―道の文化史いまむかし

東北の街道―道の文化史いまむかし

東北の街道 道の文化史いまむかし

無明舎出版



Amazonで購入しました。

こちらの本は参勤交代でも使われた羽州街道

奥州街道といった大きな道以外にも

笹山街道や二口街道等の東北の少しマニアックな

街道も写真付きで説明されています。

ネットにもルートが書かれていない街道の

地図も掲載されており、この本と県別マップルと

Googleマップを使って街道を探索しており

結構便利です。



場所によっては看板はあっても見逃してしまう

マニアックな史跡もありますので

地図に掲載されているのは本当にありがたいです。



定価は2857円でしたが中古で購入したので

安くてにいれる事が出来ました。

最近はブラタモリで古地図も紹介されてますので

古地図を読んでその土地の深い歴史を学び

歩き進めるのも良いかと思います。

羽州街道を行く(山形城下町編⑦)

どーもKABUOです。

最近暑く、午後からの撮影が億劫になっています。

5月で30℃ってかなりヤバイすよね。

撮影時期はまだ4月なので桜が咲き始めの季節

でした、

今回は前回の文翔館から山形市旅籠町周辺を

紹介します。



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山形県郷土館「文翔館」

http://www.gakushubunka.jp/bunsyokan/

(公式ホームページ)



文翔館は大正5年に建てられた英国近世復興様式の

レンガ造りの建物です。大正初期の洋風建築を

代表する貴重な遺構として、昭和59年、

国の重要文化財に指定されました。

(公式ホームページ 引用)



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入口に赤い絨毯が引かれております

ちなみに入場料は無料ですのでお得です



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文翔館の東側には議場ホールがあり、当時は

ここで県議会を行っておりました

今では音楽のコンサートホールとしても

活用されています。



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裏庭になります、ここで映画「るろうに剣心」が

撮影されたの事です。



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正庁になります

天井にはシャンデリアと内装は豪華です。



周辺を散策しましょう



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里之宮 湯殿山神社と市神神社

http://www.yudonosan.jp/smarts/index/9/#page9

(公式ホームページ)



出羽三山にある湯殿山より分霊を受けて明治9年に

建設された湯殿山神社

県庁や市役所の他に当時は警察署や師範学校もあり

山形中心部の深い信仰を受けておりました。




江戸時代から400年続く山形の風物詩

毎年、1月10日に七日町の通りに

出店が並ぶ初市があるのですが、

その初市の神様が市神様になります。

子供の頃は毎年、親父に連れて来られて

初飴を買いに行ったのを思い出します。



では羽州街道に戻ります。



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文翔館から市役所を通り、国道112号線に沿って

西に進みます



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観光サイトに旅籠町の説明があったので引用指せて

頂きます。



最上義光公が山形城下町をつくってから「商人・旅人は旅籠町を主な宿泊地となし…」とあるから「ハタゴ業」をする業者がいる町であったことから始まる。山形銀行本店あたりには、大名の泊る本陣宿があり、脇本陣となっていた宿は後藤小平治であった。弘前津軽藩は後藤屋を本陣としていたので、各藩主が参勤交替で泊する宿屋を定めていたようである。旅篭町には、江戸期の記録によると、小清水庄蔵本陣を中心として賀川屋、佐久間屋、藤屋、松沢屋、越後屋、柴田屋などの旅篭屋があった。北に向う通りには、吉田商店とか渡辺商店、松前屋という商人などが常に新しい商品を受け入れて販売する町人がいたが、紅花商人という豪商も少なく本来の商人気質を持っていたといわれている。例えば明治以前にあった「松前屋」は北海道の松前に「山形屋」という店を設けており、北海道の海産物(昆布、鮭など)を山形城下まで移入し、山形からは、古着、太物、米などを北海道に運び、その利益で松前藩の城門造りに協力している。二地域間の流通に対して、その地に商店を建設するプロジェクトは現在の流通機構にも共通すると思われる。旅篭町には、茶店、薬屋も多かった。お茶売りは、京山城・宇治からも仕入れていたが、茶の実を仕入れて高瀬村あたりで栽培させており、地元の茶を安く仕入れる商売方法を心得ていたのかも知れない。旅篭町のなかに、越前屋といわれた千歳角上印の醤油屋、佐治吉左衛門がいた。タマリ作りは明暦2年(1656)から大正ころまで続けられた老舗(しにせ)であった。タマリの品質は高く、販路は村山一円から置賜に至るまで拡げられていた。醤油だけでなく、絞り粕や醸造した製品で「やたら漬」を生産して、明治期の物産共進会に出品して優勝したという。近くには稲田屋、高陽堂書店などがあり、山形の食文化を築いたと思う。

(山形観光協会公式ホームページ 引用)



ここら辺が当時の宿場町だった所です。



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当時の街並みの看板が立っておりました。



どら焼きの榮玉堂さんから112号線に沿って今度は

北に進みます



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丸八やたら漬け

http://www.yatarazuke.com/mindex.html

(公式ホームページ)



ここからさらに北に進みます。



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山形メディアタワー



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山形きらやか銀行本店



国道112号線から県道22号線に進みます

2014年には東北六魂祭も開催され

当時のメイン会場の通りになります



個人的六魂祭に行った感想は、何か抱き合わせ感を

感じてしまい正直何か物足りなさを感じました。

やっぱり青森ならねぶた祭、仙台なら

七夕祭りとその土地に根差した熱気があるから

楽しいんであってその地域に行かなければ

味わえない空気があると思うんですけど

あんまりそれがあんまり感じなかったんですよね。

日本でも食べれるけど本場のフランス料理を

食べたいからフランスに行く様なもんで

やっぱり祭はその地域にわざわざ出掛けるから

価値があるんじゃないんでしょうかと

KABUOは思っております

だから山形の花笠祭はみんな来て参加してね(笑)



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秀藏寺

秀藏寺さんから出羽三山の参拝に向かう

寒河江街道の分岐点になります。

また幕府転覆計画(慶安の変)を行ったとされる

丸橋忠弥の住まいの屋敷があったとされます。



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立て看板になります

またこちらは旧百姓町という地名らしく

凶作に備えて田を耕作する百姓が

住んでいたところ。

という地名の由来があります



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かねか園本店



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したら輪店



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かねか園さんを真っ直ぐ進み

上の写真が街道の分岐点になります

左のしたら輪店さんを曲がるのが

羽州街道のルートで右に曲がり国分寺薬師堂に

向かうルートとが山形市から山寺立石寺に向かう

山寺街道になります。



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らー麺たまや



今回はここで終わりとしまして

帰りに旅籠町のらー麺たまやさんでラーメンを

頂きました。

山形では珍しいこってりドロ系の様なスープで

不思議とレンゲが進む美味しいスープと

チャーシューのボリューム満点で満足です。



続く。

羽州街道を行く(山形城下町編⑥)

うっす、KABUOです。

山形城下町編も6回目に突入しました。

正直ブログを始めてみたのはいいが遅筆で

いやになりかけております(笑)

では今回は山形市七日町に行って参ります。



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山形屋台村 ほっとなる横丁

http://www.hotnaru-yokocho.jp/album_2009.html

(公式ホームページ)



2009年にオープンした屋台村

まだお昼頃でしたので店は開いていません

でしかたが、夕方位になると飲んべえが集まり

居酒屋とは違い開放的な空間ですので

社交の場としても楽しい場所です。

ちなみにKABUOは県立図書館の帰りに寄り

一杯引っ掻けてから帰るのが好きです。

そして大体訳のわからないおっさんに

絡まれます(笑)

それはそれで楽しいんですけどね



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七日町では2年に一回ドキュメンタリー映画祭が

開催され、その時は各国から関係者や映画祭を

見に来る観光客も集まり賑わいを見せます。

しかもドキュメンタリー映画祭が終わったら

山形ビックウイングで無料で観覧も出来、

KABUOは結構観覧しに(お金が無い給料日前とかに)

行きますよ(笑)




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大沼デパート



ここから見える大沼デパートのフォルムが

好きなんですよね~~。

地下にある魚介売場はいい魚が多くオススメです。



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水の町屋 七日町御殿堰



大沼デパートを北に進むと 水の町屋 七日町御殿堰

に到着します。

山形市には山形五堰があり七日町にあるのが

そのうちの1つ御殿堰と呼ばれています。

昔は生活用水や農業用水に使用され

現在では新しく改装されて遊歩道になり

山形市に新しく出来た観光スポットになってます。



山形は盆地で花笠祭も8月と夏場はかなり暑いので

御殿堰に行って甘味処で冷たいかき氷や

餡蜜を食べるのが夏場の観光ではオススメですよ。



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山形銀行本店前です。

こちらに山形宿の本陣があり秋田の

佐竹氏や六郷氏の宿所になっておりました。



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山形銀行本店から東に進み、シネマ通りを散策。

シネマ通りは名前の通り、映画館が

多数ありましたが今では山形駅前に映画館が

集まってしまい閉館してしまいました。

古き良き山形市の思いでです。



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千歳館

http://www.chitosekan.com/chitosekan.html

(公式ホームページ)



山形を代表する老舗料亭千歳館さん

KABUOも名前だけは知っております。

舞妓さんをお座敷に呼べるらしいですが・・・・

別次元の世界だ~~~~~~‼

僕みたいな一般市民はどんどん焼き

山形のダシと冷たいラーメンで充分です。

千歳館を横目に散策を続けましょう。



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花小路

http://hanakoji.com/

(公式ホームページ)



飲み屋街です。

昭和の雰囲気が漂っています



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宿場の本陣もあり、ここら辺には遊郭等もあった

と言われています。

駅前等のチェーン居酒屋でみんなとワイワイも

良いですが、路地裏を散策して自分だけの飲み屋を

開拓するのも悪くないです。



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山形県立博物館教育資料館

http://www.yamagata-museum.jp/education-museum/

(公式ホームページ)



立派な洋風建築です。

本日は時間で中に入れませんでした



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文翔館



最後は山形市を代表する文翔館です

いい・・かっこいい・・・・。

このフォルムたまんねっすよ!。

文翔館については後日詳しく説明しますので

お待ち下さい



続く

羽州街道を行く(山形城下町編⑤)

うっすKABUOです。

山形城下町編⑤となりましたが今回は

小姓町と本町周辺を色々とぶらぶら散策します。



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JAやまがた おいしさ直売所 紅の蔵店

http://www.jayamagata.or.jp/sanchoku/directStore/

(公式ホームページ)



山形まるごと舘 紅の蔵店さんの裏手にある

JAの直売所です

隣に公園があるのでそこにバイクを止めて

散策を始めましょう。



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ろうそく町広場公園



ここら辺はロウソクを製造する

職人町だったみたいで(あかしまち)とも

呼ばれていたそうです。



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他にも銀細工を行った銀町の地名も残ってます



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普賢堂



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西念寺



裏手の西念寺さんと普賢堂さんの近くの通りでは

区画整理で名前は消えましたが

蝋燭町、銀町、塗師町、桶町の名前のとおり

職人の町だったようです。



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最近では道路整備を行い道は広くなりました

十日町周辺。



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山形市小姓町周辺と石たたみロマンロード21



最上義光時代にはこちらの周辺にお城に支える

小姓が住んでいた町が名前の由来になっています。

その後に芸者町や遊郭が建ち並ぶ

歓楽街へと変わっていきました。



スナックや飲み屋等があるので

少し面影が残ってますよね。



山形県風営法がかなり厳しい様で

エロい箱型の風俗がありませんので

キャバクラやデリへル位しか遊べる場所が

無いんですよね。

そんなこんなだから大抵山形市民の男性は

仙台の国分町に遊びに行ってしまいます。

と、そんな情報はさておきトコトコ進みます。



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仁藤商店・旬豆庵

http://nitoh.jp/

(公式ホームページ)



撮影日が4月16日でしたが日差しが強く

4月中旬でも汗だくになったので少し小休憩。

飲食店に入店した時はいつも孤独のグルメ

意識します(笑)

何々?、湯葉ソフトクリームにおからドーナツ・・

目移りしてしまうな・・・・

いかん、いかん気持ちを落ち着かせねば・・

と、一人井之頭五郎気分でメニューとにらめっこ

暑かったのでさっぱりとトコロテンを頂きました。

うん!・・・しっかりとした歯応えもあり

酢醤油でさっぱりとして体の熱が冷めました

定員の女性の方は可愛く元気で愛想良く

ご馳走さまでした。



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戸田屋正道

http://www.toda-ya.com/

(公式ホームページ)



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佐藤畜産食品(株)



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東前稲荷神社



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佐藤米穀店



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旅館菊清



山形市の観光サイトではこう紹介されています



現在は小姓町というと「芸者町」という声が聞かれるが、歴史を逆のぼると、最上義光公の時代は小姓衆の屋敷がある町であった。武家のなかで、小姓衆とは殿様に直接仕えるガードマン・市中の警備にあたる役割を持っているので、小姓町東南部に住む武家屋敷は「同心町」と称されていた。また、小姓町の南四辻あたりのことを「御蔵町」(みくらまち)と呼んだ事もあった。小姓衆は若年寄の下で城下の巡回見張り役をつとめる事例も多い。小姓町の大門を行くと広い道路になり、クランク型に曲るが道幅が広い。この裏門通りのことを馬上町と言うが、小姓衆が乗馬訓練をしていた。(「松木枕」参照)南北に走る小姓町通りの西側の民家は「桶町」の一部で職人の屋並もあったと伝えられている。
 小姓町の明治以前のすがたは武士の住む町であったことを証明するものは「東前稲荷神社」を訪れると理解できる。現代より約340年前の寛文4年、山形城主松平下総守忠弘公が建立した稲荷神社で米倉を守り、附近の農民の米作りの成功を祀る神社である。街の安全と福寿を祈念した神社で、昭和54年ころに再建する時、境内から小姓町と刻まれた大石が掘り出され、神社前に置かれている。


(山形市観光協会ホームページ 引用)



成る程‼。



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専念寺



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専念寺さん近くは旧塗師町になります。



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大日堂



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なかたち石



大日堂近くには交易や人の行き交いが多く

待ち人や探し人の情報交換を行うなかたち石が

あります。

尋ね人が片方の側面に、答える側がもう片方の

側面に貼り紙を書いて情報交換をしていたそうです

七日町のメイン通りに戻りましょう



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さてと戻って参りました。

ここからが山形市本町になります。

山形のサッカーチーム、モンテディオの旗が

見えます。



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池田屋



今回は撮影してませんが美味しいお餅さんで

山形の遊佐町出身の軍人、石原莞爾の書籍の中で

こちらに良く来られた描写がありました。



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山形グランドホテル前の十字路を左に曲がります。



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山形市立第一小学校旧校舎



山形初の鉄筋コンクリートで作られた校舎で

2009年には近代化産業遺産に登録されてます



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今では山形の観光案内所にもなっていますので

山形市七日町の散策の際にこちらで市内地図を

貰うと便利です。



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カフェもあり本日は名探偵コナン

カフェみたいです。

校内で謎を解き宝を探すイベントもやって

おりました。



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小学校を出まして本町の方へ戻ります。



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らー麺山之助 本店



本日のお昼はらー麺山之助 本店さんで

山之助特製つけ麺を頂きます。

山形県は日本で一番ラーメンを消費する県民です。

結構ご当地ラーメンも多く山形に来たら

是非食べて頂きたい!。



今回の食べた山之助特製つけ麺はスープは濃厚

ですが口当たりが良く、麺も小麦粉の風味が

しっかりとして食べごたえがあります。

七日町周辺で特にオススメするラーメン屋です。



こんなに感じで食レポも今後行いますので

よろしくお願いします



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お腹も膨れ、トボトボと山形市七日町周辺に

向かいます。



続く

羽州街道を行く(山形城下町編④)

どーもKABUOです。

写真は沢山撮って旅の記録を残してますが

遅筆で全然ブログが進まないです 。

今、5月ですけど撮影時期は桜咲きは始める4月

いったい、いつになったら追い付くのでしょう(汗)

今回は山形城下町の中心街であった

山形市十日町周辺を散策します。



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前回の所から国道112号線を北に沿って

北上し山形銀行本店と文翔館を目指します。

十日町に入る頃からお店も増えて活気盛んです。



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乃し梅本舗 佐藤屋

http://satoya-matsubei.com/

(公式ホームページ)



山形市を代表する老舗和菓子、乃し梅本舗 佐藤屋

上品な甘さと梅の香りが爽やかなお店自慢の

乃し梅は山形を代表するお菓子です。

乃し梅以外にも色々と洋菓子もありますので

山形でお土産を買うのにオススメします。



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大石田つけもの処いげたや



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丸十大屋



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本家長門



道沿いに沿ってあるけば、歴史を感じる

古い建物のお店が並んでますね。

ここで本家長門屋さんの十字路を左に曲がり

寄り道します。



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山形学院高等学校と第二小学校の近くに・・・・



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出ました、お馴染みの旧地名柱

ここら辺は毎月二日に市場がたった旧二日町地区。

出羽三山の参拝者にお土産を売る店もあったと

記載されていますが、今では寂しい通り沿いに

なっています、・・では道を引き返しましょう。



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山形市観光協会では十日町をこう説明してます。



義光公が城下町を形成したころ(17世紀初め)、十日町天台宗正楽寺と勝因寺を結ぶ道に門前町としてつくられた十日市であった。その後、寺の移転による町の整理によって、南北に走る道沿いに十日町村が生れた。最上家が近江国に移封した時、家臣のなかでそのまま山形城下に残り、町人として生活した人びと(大、十など)が十日町や七日町で生活し、江戸期の地方商人(じかた商人)として活躍するようになった。
 八日町の八幡神社の拝殿道の石燈篭には、海上安全・家内繁栄と刻まれ、その後方には江戸末期に活躍した八日町と十日町で商売していた豪商たちの名が刻まれている。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



またこういった記載もされています



寛永13年(1636)の記録によると屋敷数が約200軒あり、元禄頃には紅花の開花期にあわせて、七日町と十日町商人が自由に紅花市を開くことを許されていた。十日町の町人は十日毎に市を開くことが認められていたが、店を開くのは勝手にしていたらしい。しかし、正月十日だけは市神を祀る初市であり、十日町の特権であった。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



山形の県花である紅花の市場を中心に

十日町と七日町が発展したのを見て取れます。

山形を流れる最上川の流域は紅花の一大産地で

栽培が盛んに行われ、染め物に使う染料として

京都や大阪からの商人が買い付けに訪れ

大変な賑わいを見せた事でしょう。



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最近では古い家屋や蔵をリノべーションさせて

お洒落な雑貨屋や居酒屋も増えています。



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ちょっと寄り道、双葉公園にある

奥羽本線で活躍した蒸気機関車

蒸気機関車はいい・・・・

内部も観覧出来るので細かなパーツが見れて

かっこいい。



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ホテルキャッスル




羽州街道に戻ります、こちらの十字路の西側から

山形駅が見れます。

駅前という事もあり人通りも交通量も多いです。

ここの十字路を駅方向に曲がります。



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歌懸稲荷神社

http://utakakeinari.jp/sp/

(公式ホームページ)



山形市の観覧協会ではこのように説明されています

祭神<稲倉魂命、大市姫命、大国主命猿田彦命日本武尊火産霊神
 当神社は、山形城主斯波兼頼が山形城の守り神として城内に建立したのが、その始めと伝えられています。それより10代目最上義定が山形城の部内に社殿を建て、11代目義光のとき、天童城主との開戦に際して勝利を祈願するなど、最上家代々の信仰が厚いものがありました。
 城主や城下の人々が、短冊に歌を書いて神社に奉納する風習があり、歌を詠まないものは渡らせない橋も付近にあったところから歌懸の名が残ったと伝えられています。
 元和8(1622)年、最上家が改易されて新城主となった鳥居忠政は、人心一新をはかり、部内稲荷口(現山形駅付近)にあったこの社を、三の丸の外の現在地に移しました。
 それ以降、このご縁日である10日ごとに定期市が門前で開かれ、十日町の名の起こりとなり、その年の最初の十日市(1月10日)を初市と呼ぶなど、城下町の人々と深く結びつき信仰をあつめ、現在に至っています。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



大河ドラマ伊達政宗原田芳雄が演じた最上義光

暗殺や策略を好む陰湿なイメージ像を持ってる方が

多いかと思いますが連歌を数多く残す等

戦国武将では珍しい文化人の一面を持っており

山形城下では歌を詠む事は当時は

ポピュラーだったのかも知れません。



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山形城三の丸跡



歌懸稲荷神社の裏手に山形城の

三の丸跡が残っております。

山形城下町編②で紹介した物とはタイプが違い

石垣の上に土嚢が積み重なっています。



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山形まるごと館 紅の蔵

http://www.beninokura.com/

(公式ホームページ)

羽州街道に戻ります。

十日町のメインストリートを歩きます。

蔵を改築した建造物も多いですが・・・



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吉池小児科・皮膚科医院



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旧西村写真館

http://kankou.yamagata.yamagata.jp/tankentai/archives/000046.html

(公式ホームページ)



明治、大正時代に建設された西洋建築も残ってます



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十日町の牌



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十日町の郵便局を過ぎたら次は七日町に到着します



続く http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/25/224023