KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

レストランハウス五色沼 北塩原村 KABUOのCubで食べ歩き

どーもKABUOです

今回お目当てのお店が早く閉店したために

昼飯所を探し観光地でもある五色沼のパーキングエリアに

レストランがありましたので頂く事にしました

 

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レストランハウス五色沼

観光スポットの駐車場隣に隣接していたので観光前の腹ごしらえです

 

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会津山塩ラーメン

今回、会津山塩ラーメンを頂きました

ここ桧原地区のご当地グルメ北塩原村の大塩地区で生成された

塩を使ったご当地ラーメンです

見た目もおしゃれで食欲をそそり

使っている塩が良いのかスープにトゲトゲした塩味では無く

非常にまろやかで最後まで飲み干してしました

スープ楽しめる一杯でしたので桧原地区に訪れた際は

食べてほしいオススメするご当地グルメです。

 

 

まっぷる 会津・磐梯 喜多方・大内宿 (まっぷるマガジン)

まっぷる 会津・磐梯 喜多方・大内宿 (まっぷるマガジン)

 

 

 

福島県 北塩原村 裏磐梯を行く

どーもKABUOです久しぶりのブログ更新になります

年末年始と忙しくなかなかブログが更新で出来ませんでした。

今回ご紹介するのが2017年9月頃に訪れた福島県北塩原村について

ご紹介させていただきます

 

1954年に北山村と大塩村と檜原村市町村合併を行い

各村から一文字ずつ取り北塩原村となりました

1888年に磐梯山の噴火により生まれた桧原湖五色沼

自然豊かな風景をはじめ、米沢と会津を結ぶ会津米沢街道や

戦国時代では伊達政宗会津芦名氏を攻略した歴史もあり

見所が結構ありました。

 

 

まっぷる 福島 会津・磐梯 '18 (まっぷるマガジン)

まっぷる 福島 会津・磐梯 '18 (まっぷるマガジン)

 

 

 

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道の駅 裏磐梯

福島県喜多方市から国道459線を突き進み

桧原湖の手前にある道の駅です。

ここを拠点にして裏磐梯を観光するのがオススメです

 

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お土産も結構充実しています

 

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会津山塩

お土産の中でオススメなのがこちらの会津山塩です

北塩原村の大塩地区には大塩裏磐梯温泉という塩分を含んだ

温泉が沸き上がるのですが、そこから塩を生成して造られ

会津のお殿様や皇室にも献上されたこともあり

スープに溶かすと非常にまろやかな味わいで大変おいしかったお塩です。

 

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今回は桧原湖を中心に時計回りに行ったのですがまず最初に

こんな感じの史蹟を発見しました

細野牧場後と書かれていますが他に説明もありませんので

史蹟になるほどの理由がわからないままスルーしました

 

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桧原湖が見えてまいりました

景色と天気もが良くのんびりしており

ツーリングには最高の日でした(原付Cubですけどね)

結構モーターボートで遊んでいる方も多かったので

マリンスポーツも盛んなのかもしれません

 

 

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 少し進みますと北塩原村の桧原地区に到着します

山形県米沢市から福島県会津若松地方を結ぶ米沢会津街道

宿場町として栄えましたが1888年の磐梯山の噴火により

村が沈んでしまい、現在地に移動したとされています

 

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 こちらの現在地から点線で書かれた道が昔の旧道になります

写真では撮影出来ませんでしたが地図に書かれた山神社の鳥居が

湖の上にある丘から見え、当時の宿場町の名残を少しだけ残していました。

 

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桧原の集落近くには温泉もあるようで観光や遊んだ後に

湯に浸かり疲れがとれそうです。

 

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桧原地区には芦名氏に支えた穴山一族の五輪塔もあります

穴山一族は、当時山形市米沢市を拠点にした伊達政宗

国境を争うこととなり桧原地区を拠点に守備していました

 

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近くには穴山一族の戸山城と伊達政宗が築城した桧原城もあり

古戦場と史跡巡りも良いと思います

 

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  会津米沢街道桧原歴史館

Googleマップでは歴史館と紹介されていましたが

その実態は激混みのラーメン店でした。

午後一時のお昼頃に到着しこんな人里離れた地区に

有名ラーメン屋があるなんてとウキウキ気分で暖簾をくぐったら

スープがなくなり本日は終了しました

・・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

いやいやかなりここの昼飯を楽しみに山形からCubで

5時間かけて来たわけですよ!

途中のコンビニでジャンプとマガジンとサンデーの

休憩タイムがここで響くとは・・・・・

とぼとぼと帰りました。

 

続く

 

るるぶ会津 磐梯 福島'18 (国内シリーズ)

るるぶ会津 磐梯 福島'18 (国内シリーズ)

 

 

 

天童市、天童高原を行く 田麦野地区編

どーもKABUOです

今回も天童市天童高原、天童市田麦野地区に行った際の記録を

ご紹介させて頂きます。

 

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天童市山口地区から県道287号線を真っ直ぐ進めば

天童市田麦野地区に到着し

天童市中心地からも結構遠くに集落形成されています。

 

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留山川ダム

田麦野地区に入る手前に眺望ひろばの標識がありそこから

留山ダムに向かう事が出来ます

9月の中旬頃に訪れたのですが少しずつですが緑も黄色染まり

紅葉が始まりかけていました

 

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天童市田麦野地区

天童市田麦野地区に到着しました

田麦野地区は天童一帯を納めていた天童頼澄

山形城主、最上義光との戦に敗れ天童城が落城します。

その後、天童頼澄の家臣の生き残りがここ田麦野地区まで落ち延び

開墾し集落を形成したとの言い伝えがあります。

 

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田麦野公民館 市立高原の里交流施設ぽんぽこ

 

元々は天童市田麦野小学校でしたが

2006年に閉校し今の公民館へと変わりました

 

昔、「狸野村」と言われていた当地域は、今でも里山ならではの生活文化の名残をとどめており、モリアオガエルや源氏ぼたるが生息しています。
 ここでは、東北芸術工科大学の芸術工房村の創作活動や市内外の小学校、幼稚園、放課後児童クラブ、スポーツ少年団の野外活動が活発に行われています。そのほか、田麦野の自然を体感できる独自事業の「ぽんぽこ塾」では、県内外からの参加者が地域との交流を図りながら事業を行っており、地域ぐるみで皆様をお迎えしています。

(天童市観光サイト引用)

 

との説明がされております

確かに自然豊かでのんびりとした集落は絶好の遊び場になる事だと思います

 

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観世音菩薩霊場

こちらは最上三十三観音100番目の礼拝所になります

・・・・はぁ!?

最上三十三観音は三十三ヶ所だけでしょ

どういう事と思い説明版を確認したところ

最上三十三観音を三回お詣りしますと99になり

区切りを良くするために為に百番観音が出来上がったそうです。

最上三十三観音はブログでも紹介していましたが

KABUOもこの礼拝所は知りませんでした。

 

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観世音菩薩霊場を抜けて天童高原目指します

山を少しずつ登りますので標高が上がって寒気がましてきます

 

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天童高原スキー場

田麦野地区の集落を抜けると天童高原スキー場に到着しました

 

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こちらの634の松は丁度、東京スカイツリーと同じ高さらしく

だから634の松との事らしいです

写真の画には良いスポットだと思います。

 

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子供を遊ばせる遊具キャンプ場の様な施設もあり

冬のスキー以外も夏場の暑い時期に家族揃って訪れるのも良いと思います

 

 

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 締め掛けの松と姥神

 天童高原近くには宮城県と股がる面白山と言う山があり

山岳信仰として信仰の場所であります

田麦野から山頂まで山深く難所であった為、

登頂出来ない参拝者はこちらの締め掛けの松と姥神の所で

お供物を捧げて言ったと説明板に書かれておりました

 

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天童高原から面白山高原駅へやって来ました

スキー場が近くにあり、仙台市内からも電車一本で行ける事から

スキーウェアを着てスキー場に来られる方もおられるそうです

 

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 面白山についての説明がされています

近くにはハイキングコースもあり自然を満喫出来ると思います

 

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面白山高原コスモベルグ 

面白山高原駅から少し進みますと看板が見えますので

看板先には秋の季節に相応しいコスモス畑に到着します

 

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今回はこれで終わりになります

秋の面白山オススメですので行ってみるとよいと思います

 

天童市、天童高原を行く 山口地区編

どーもKABUOです。

今回は天童市面白山高原周辺に行ってきた

旅の記録ををご紹介したいと思います。

若松観音からスタートして天童市山口、田麦野地区を

経由して面白山高原駅までCabで散策しましたので

各地区歴史を踏まえてご紹介できたらと思います。

 今回は天童市山口地区をご紹介できればと思います

 

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原崎

 

1845年造られた人工の溜め池になります

説明書きの看板によりますと

ヘラブナ釣りメッカ

とのことでヘラブナが放流されており撮影を行った日も

賑わいを見せておりました。

へぇーーーーーーーーーーこんな所があるんですね

 

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山口地区にある古い道しるべを示した柱がありました

左は原田 天童町、右は中上山口 瀧山不動尊と書かれています

おそらくこの柱がある通りが古くからある通り道だと思います

 

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来運寺

 

通りを真っ直ぐ進むと来運寺さんに到着します

来運寺さんを正面に右に曲がり県道281号線に沿って進みます

天童市山口地区は近くに水晶山や瀧山不動尊山岳信仰の地もあった事から

山の入り口いう意味で山口と言う地名になった言われています

 

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 このまま県道281号線を進んで天童市田麦野へ向かいます

 

 

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 高滝山 光明院

 

 東北三十六不動尊霊場の第三番場所になってるようです

あんまり詳しくないんでスルーしたいと思います

 

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 鳥居が見えた所に道しるべの柱がまたたっておりました

鳥居から左に向かうと田麦野地区で

右に向かうと高瀧山不動尊に至ると書いています。

Googleマップで調べると奥に寺院があるようでしたので

右に曲がって高瀧山不動尊に行ってみたいと思います

 

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 ・・・・・・本当にこんな所に寺があるの?

 入り口に申し訳ない程度の看板がありましたが不安が募ります

 

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鳥居と案内板がありまして

 

 高瀧山不動尊は、神亀五年(奈良時代728年)六月、高僧「行基(ぎょうき)」が開眼したといわれ、雨呼山(あめよばりやま)から流れる水が十数メートルの滝をつくり、この滝の正面に不動尊、左に阿弥陀如来を祀っております。

 

 滝に至る周辺は、木立に囲まれ、昼なお暗く、幽邃境に瀑布がひびく霊地となっております。

 

 霊験譚は、居合いの祖「夢想神伝流林崎甚助重信」の武勇伝のほか、眼病平癒があり、滝ノ水は「ハヤリ目」などの目の病気に良く効くと言われ、往時は近郷近在(特に山形県西村山郡)の崇拝を得て、大勢の参拝客で賑わいました。

 

 その当時は交通の便も悪く、参道は、現在の道路と留山からの沢登りの二箇所があり、多くの参拝者が訪れましたが、日帰りの参拝が出来る不動尊ではありませんでした。このようなことから、参拝者の宿舎として「籠堂(こもりどう)」が現在地に建立され、滝まで行けない参拝者や、朝のおつとめのための祭壇を設けた時代もありました。

 

 また、大勢の参拝者で賑わうことから、増築を行なうとともに、籠人(こもりびと、管理人)も常駐し、無料にて食事の世話などの仕事を行ないましたが、その費用はお賽銭などで賄うことが出来ました。当時の献立は定まったものは無く、麩や高野豆豆腐などの日持ちの良い食品と、山菜や茸などを使った季節料理が中心だったと言われております。

 

 しかしながら、現在の参道の改修により交通の便が良くなったことや、参拝者の減少などにより、平成二十一年十月に籠堂の役目を終えることとなりました。

(案内板引用)

 

案内板から人々の信仰を多く集めていたのがよくわかります

 結構有名な場所がったんですね。

 

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 参道を歩いて行きたいと思います

いやいや・・・・めちゃくちゃ道整備されてない!!

前日に雨が降ったので道は滑るはぬかるむは最悪です

本当に こんなところに寺院なんてあるんですかね

 

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案の定、苔びっしりの階段から転げ落ちてしまいました

最近30歳になったんですが一度傷を負うとなかなか

回復するに時間がかかる様になり一週間は足を引きずるはめになりました

 

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 途中にお地蔵様がありました

 

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 高瀧山不動尊

 天童市には三大不動尊と呼ばれる場所があり

高瀧山不動尊はその一つになります

鳥居から結構奥の方にひっそりとお寺があり裏手には滝が流れています

思っていたよりも神聖で自然も多く良い場所でした

あんまり信仰や宗教についての歴史を知らないのであんまり詳しく

記載はできないことが残念ですが東北三十六不動尊霊場についての

書籍もあるようですので時間がありましたら補足を行いたいと思います。

フルッティア 天童市 KABUOのcabで食べ歩き

どーもKABUOです今回は天童市

デザートショップ屋さんフルッティアさんに

行って来ました。天童市はフルーツ栽培も盛んで

天童市で取れたフルーツをタップリ使ったパフェが

オススメのお店です

 

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木苺のパフェ 570円

 

季節限定の木苺のパフェをオーダーしました

まずは生クリームをパクリッ!

生クリームは濃厚ですが甘さはしつこくなく

木苺の甘酸っぱい酸味が後味をスッキリさせて

いくらでも食べれそうです

 

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ポンチッチ 480円

 

後日、友達と一緒にまた来店しまして

ポンチッチパフェを頂きました

フルーツたっぷりに盛られており

上にはキウイフルーツソースがかかっており

これはキウイ独特の濃い酸味が主張する

木苺のパフェとはまたちがった

おいしいパフェでした

 

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フルーツの贈呈品やお土産も色々と充実して

贈り物をおくる時に凄く喜ばれると思います

 

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フルーツパフェ:フルッティア|天童市のフルーツバー・フルーツショップ

公式ホームページ

 〒994-0033 山形県天童市三日町1丁目4−2

 

ごちそうさまでした

若松街道を行く 若松寺を巡る

どーもKABUOです

久しぶりの投稿で若松街道の続きになります

若松街道の目的地、恋愛成就で有名なお寺

若松寺さんをご紹介します。



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こちらが入り口になっております

今ではお寺の前まで車道が通っており駐車場も

完備されておりとても便利になっていますが



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こちらの鳥居から若松寺に続く古い古道になります

写真はありませんが夏場この道を通り、お寺に

向かいました

斜面は少しキツかったのですが古道を通って

少し苦労したお寺参りも悪くはありませんでした。



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でもやっぱり車道で来た方がめちゃくちゃ楽(笑)

いやー汗だくなりながら階段を登るよりも

カブで来た方がいいですって。

そしてこちらが駐車場側の入り口になります。



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入り口にあるこちらの石碑には花笠音頭の

一節がかかれています

山形の名物でもある花笠祭りでありますが歌詞では

目出度 目出度の 若松さまよ枝も

チョイチョイ

栄えて葉もしげる

ハァ ヤッショ マカショ   

とありましてその若松さまが若松寺の事です



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若松寺の正式名所は鈴立山 若松寺と言う名前になります別名で若松観音と呼ばれています



寺伝によれば、和銅元年(708年)、元明天皇の勅命によって東国巡錫の途中であった行基が鈴の音に導かれ現在の鈴立山に登り、山上で光り輝く三十三観音像を感得したことにより開山されたという[2]。

Wikipedia引用



開山された言う行基について調べたのですが、

聖武天皇の命の元、奈良の東大寺の大仏作成の総指揮にあたったと言われ

関西一帯に様々な寺院の開基に携わったと言われています。



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若松観音堂



その後、空海や円仁(慈覚大師)が登山したとの伝承もあり、貞観2年(860年)、立石寺開山の円仁(慈覚大師)が立石寺の山頂付近にあった堂を現在の地に移したという。この頃法相宗から天台宗となる。

Wikipedia引用



慈覚大師、円仁は山形の立石寺の他にも宮城、松島の瑞巌寺、東京浅草の浅草寺

開山にも携わったと言われています

円仁については後日ご紹介させて頂きます

若松寺は縁結びの観音様と呼ばれており、良縁を求めて

観光客が多く訪れています

山形の観光名所で松尾芭蕉も訪れた有名な立石寺は、

参拝すると悪縁祓う有名なお寺で立石寺で参拝してから

若松寺で良縁を求めて参拝するのが

おすすめの観光コースになっています



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若松寺本坊



さらにこちら若松寺のご住職と出会い握手していただくと

カップルは長く良縁に恵まれという噂まであり

カップルの方はご住職を訪ねてみると良いと思います



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若松寺から見える風景です

夏場に訪れると涼しい風が

吹き居心地のよい場所でありました  

若松街道を行く 山元地区と小山家城址編

どーもKABUOです

今回は天童市でも有名で最上三十三観音の一番目に

あたる若松寺に行って参りました。

古い地図を参考にした結果

天童市の街中から山元地区に入り県道280号線に

沿いながら東に進んで行くルートが若松街道に

なるようでしたので若松寺と若松街道、

そして周辺の山元地区と一緒に

ご紹介させて頂きます。

もしかしたら街道とは違うルートを通ってしまった

かもしれませんがご了承下さい



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天童駅から東に県道280号線を沿って進み

山形バイパス、国道13号の手前まで到着します。

天童リッチホテルから向かい側が天童市山元地区に

なります。



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後は道沿いに沿って進みます、途中で

山元中央公民館がありまた少し進みます。

山元地区は元々は天童市貫津地区と合併して

津山村と言う一つの村でしたが1954年に

天童市(当時は天童町)と新設合併により津山村が

廃止されてしまいます。



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聴流寺の看板と自販機が隣にあるバス停の前に

出ますのでそこから右に曲がり真っ直ぐ

県道280号線に沿って行くのが若松街道になります

後は直進して進めば若松寺に到着しますが

少し寄り道したいと思います



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小山家城址



1584年に最上義光天童頼澄の戦いに寄り

天童城が落城する事となりますが

天童北部では天童氏の残党も残り、情勢が不安定

だったという事もあり、山家城主(山形市山家地区)

山家師兼の弟である山家師時(やんべもろとき)が

築城し、天童北部への監視を行いますになります。

天童市北部の方に出羽・中堀館や出羽・浅岡館が

あり、そこはまだ天童氏方の残党が残っていた為

監視の目を光らせる為に築城したと思われます。

その後、天童氏の残党は最上義光

対抗しましたが鎮圧され滅ぼされてしまいました

その後、山家師時は、増田城主(秋田県横手市増田)

土肥道近の姉と結婚しその縁を頼りに増田に

移住する事になります

土肥家断絶後は帰農し安部姓を名乗ったと

言われています。



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山元沼



その為、元々山元地区は山家と言う地名でしたが

明治6年に今の山元と言う地名に変わったそうです

恐らく、山形市山家と同じ地名があった為

変更されたのだと思います。

写真の山元沼は小山家城の水濠の跡地だと

言われております



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若松街道に戻ります、この道を東に真っ直ぐ

県道280号線に沿って進みます。



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聴流寺と津山小学校誕生の地石碑



途中に津山小学校誕生の地の石碑が

聴流寺さんの所にありました

現、津山小学校は天童道の駅から

国道13号線向かいの貫津地区にあります



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若松地蔵堂



若松地蔵堂近くには陶芸が体験出来る

天童焼若松窯さんがあるそうです。



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若松寺の坊の史跡になるのでしょうか?

詳しい事が何も書かれていなかった為

よく分かりませんでした。

ここを過ぎれば若松寺まであと少しになります

続く