KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

フルッティア 天童市 KABUOのcabで食べ歩き

どーもKABUOです今回は天童市

デザートショップ屋さんフルッティアさんに

行って来ました。天童市はフルーツ栽培も盛んで

天童市で取れたフルーツをタップリ使ったパフェが

オススメのお店です

 

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木苺のパフェ 570円

 

季節限定の木苺のパフェをオーダーしました

まずは生クリームをパクリッ!

生クリームは濃厚ですが甘さはしつこくなく

木苺の甘酸っぱい酸味が後味をスッキリさせて

いくらでも食べれそうです

 

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ポンチッチ 480円

 

後日、友達と一緒にまた来店しまして

ポンチッチパフェを頂きました

フルーツたっぷりに盛られており

上にはキウイフルーツソースがかかっており

これはキウイ独特の濃い酸味が主張する

木苺のパフェとはまたちがった

おいしいパフェでした

 

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フルーツの贈呈品やお土産も色々と充実して

贈り物をおくる時に凄く喜ばれると思います

 

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フルーツパフェ:フルッティア|天童市のフルーツバー・フルーツショップ

公式ホームページ

 〒994-0033 山形県天童市三日町1丁目4−2

 

ごちそうさまでした

若松街道を行く 若松寺を巡る

どーもKABUOです

久しぶりの投稿で若松街道の続きになります

若松街道の目的地、恋愛成就で有名なお寺

若松寺さんをご紹介します。



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こちらが入り口になっております

今ではお寺の前まで車道が通っており駐車場も

完備されておりとても便利になっていますが



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こちらの鳥居から若松寺に続く古い古道になります

写真はありませんが夏場この道を通り、お寺に

向かいました

斜面は少しキツかったのですが古道を通って

少し苦労したお寺参りも悪くはありませんでした。



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でもやっぱり車道で来た方がめちゃくちゃ楽(笑)

いやー汗だくなりながら階段を登るよりも

カブで来た方がいいですって。

そしてこちらが駐車場側の入り口になります。



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入り口にあるこちらの石碑には花笠音頭の

一節がかかれています

山形の名物でもある花笠祭りでありますが歌詞では

目出度 目出度の 若松さまよ枝も

チョイチョイ

栄えて葉もしげる

ハァ ヤッショ マカショ   

とありましてその若松さまが若松寺の事です



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若松寺の正式名所は鈴立山 若松寺と言う名前になります別名で若松観音と呼ばれています



寺伝によれば、和銅元年(708年)、元明天皇の勅命によって東国巡錫の途中であった行基が鈴の音に導かれ現在の鈴立山に登り、山上で光り輝く三十三観音像を感得したことにより開山されたという[2]。

Wikipedia引用



開山された言う行基について調べたのですが、

聖武天皇の命の元、奈良の東大寺の大仏作成の総指揮にあたったと言われ

関西一帯に様々な寺院の開基に携わったと言われています。



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若松観音堂



その後、空海や円仁(慈覚大師)が登山したとの伝承もあり、貞観2年(860年)、立石寺開山の円仁(慈覚大師)が立石寺の山頂付近にあった堂を現在の地に移したという。この頃法相宗から天台宗となる。

Wikipedia引用



慈覚大師、円仁は山形の立石寺の他にも宮城、松島の瑞巌寺、東京浅草の浅草寺

開山にも携わったと言われています

円仁については後日ご紹介させて頂きます

若松寺は縁結びの観音様と呼ばれており、良縁を求めて

観光客が多く訪れています

山形の観光名所で松尾芭蕉も訪れた有名な立石寺は、

参拝すると悪縁祓う有名なお寺で立石寺で参拝してから

若松寺で良縁を求めて参拝するのが

おすすめの観光コースになっています



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若松寺本坊



さらにこちら若松寺のご住職と出会い握手していただくと

カップルは長く良縁に恵まれという噂まであり

カップルの方はご住職を訪ねてみると良いと思います



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若松寺から見える風景です

夏場に訪れると涼しい風が

吹き居心地のよい場所でありました  

若松街道を行く 山元地区と小山家城址編

どーもKABUOです

今回は天童市でも有名で最上三十三観音の一番目に

あたる若松寺に行って参りました。

古い地図を参考にした結果

天童市の街中から山元地区に入り県道280号線に

沿いながら東に進んで行くルートが若松街道に

なるようでしたので若松寺と若松街道、

そして周辺の山元地区と一緒に

ご紹介させて頂きます。

もしかしたら街道とは違うルートを通ってしまった

かもしれませんがご了承下さい



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天童駅から東に県道280号線を沿って進み

山形バイパス、国道13号の手前まで到着します。

天童リッチホテルから向かい側が天童市山元地区に

なります。



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後は道沿いに沿って進みます、途中で

山元中央公民館がありまた少し進みます。

山元地区は元々は天童市貫津地区と合併して

津山村と言う一つの村でしたが1954年に

天童市(当時は天童町)と新設合併により津山村が

廃止されてしまいます。



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聴流寺の看板と自販機が隣にあるバス停の前に

出ますのでそこから右に曲がり真っ直ぐ

県道280号線に沿って行くのが若松街道になります

後は直進して進めば若松寺に到着しますが

少し寄り道したいと思います



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小山家城址



1584年に最上義光天童頼澄の戦いに寄り

天童城が落城する事となりますが

天童北部では天童氏の残党も残り、情勢が不安定

だったという事もあり、山家城主(山形市山家地区)

山家師兼の弟である山家師時(やんべもろとき)が

築城し、天童北部への監視を行いますになります。

天童市北部の方に出羽・中堀館や出羽・浅岡館が

あり、そこはまだ天童氏方の残党が残っていた為

監視の目を光らせる為に築城したと思われます。

その後、天童氏の残党は最上義光

対抗しましたが鎮圧され滅ぼされてしまいました

その後、山家師時は、増田城主(秋田県横手市増田)

土肥道近の姉と結婚しその縁を頼りに増田に

移住する事になります

土肥家断絶後は帰農し安部姓を名乗ったと

言われています。



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山元沼



その為、元々山元地区は山家と言う地名でしたが

明治6年に今の山元と言う地名に変わったそうです

恐らく、山形市山家と同じ地名があった為

変更されたのだと思います。

写真の山元沼は小山家城の水濠の跡地だと

言われております



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若松街道に戻ります、この道を東に真っ直ぐ

県道280号線に沿って進みます。



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聴流寺と津山小学校誕生の地石碑



途中に津山小学校誕生の地の石碑が

聴流寺さんの所にありました

現、津山小学校は天童道の駅から

国道13号線向かいの貫津地区にあります



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若松地蔵堂



若松地蔵堂近くには陶芸が体験出来る

天童焼若松窯さんがあるそうです。



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若松寺の坊の史跡になるのでしょうか?

詳しい事が何も書かれていなかった為

よく分かりませんでした。

ここを過ぎれば若松寺まであと少しになります

続く

ちょっと怪しい天童温泉街を行く

どーもKABUOです

今回は、天童市温泉街を中心にしながら

天童温泉の歴史についてご紹介させていただきます

今回少しアダルトな場所も行きましたので

嫌悪感や未成年のかたはスルーをお願いします



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天童温泉の歴史からご紹介します

1911年(明治44年)、鎌田地区で井戸掘りをした際に温泉が発見され、翌年開湯した。 開湯当時は鎌田温泉と呼ばれたが、その後天童温泉と改め現在に至る。 2011年に開湯100年を迎える。[2]。

ウィキペディア 引用



開湯事態は結構最近でそれほど古い歴史があるわけ

ではないですが、結構外装が大きな造りの宿も

多く、高級な印象を受けます



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ほほえみの宿滝の湯

http://www.takinoyu.com

公式ホームページ



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美味求真の宿 天童ホテル

http://www.tendohotel.co.jp/sp/

公式ホームページ



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ホテル王将

http://www.ohshokaido.co.jp/hotelohsho/

公式ホームページ



高級な宿に泊まったり、宴会に出かける機会も

無いKABUOですが名前位は聞いた事がある宿です

・・・・一生無縁だと思います。



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ホテル街の裏手には飲み屋もちらほらと・・・・



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スナック街にもやって参りました。

何か怪しい匂いがしてきました。



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昔はストリップ劇場もあったらしいのですが

少し廃れてる印象も受けます

夜はまた違う顔を覗かせるのでしょう



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・・・・・説明もいらないでしょう。

天童温泉街は怪しい場所でした。

人によっては嫌悪感を抱く方もいらっしゃいますが

僕は裏も表も光の当たらない場所もあるがままに

紹介する事が必要だと思ってますので今回

ご紹介させて頂きました。

水車生そば 天童市 KABUOのCubで食べ歩き

どーもKABUOです

全国的にも知名度が高く、観光客も訪れる

天童市で鳥中華の有名な水車生そば屋さんを

訪れました。

昔からありましたので名前は知ってましたが

入店するのは初めてなんですよね



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味付けですが鳥中華って結構甘口のスープが

多いのですがこちらはあまり甘くないスープで

胡椒がよく効いた味付けになっており

珍しく天かすも入っておりスープの濃くを

プラスしておりあっさりしながらも

濃くのある美味しいスープでした。



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観光で来られる方がひっきりなしなしに来店して

おり、お店の繁盛ぶりを伺わせます



ご当地名産品をご紹介 天童市 将棋駒

KABUOです

天童市のご当地名産品の将棋駒の

歴史について言及させて頂きます


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天童駅



では出発します。

天童駅を出て直ぐに名産品の将棋を使ったポストを

発見しました。

日本の将棋駒の大部分をこちらの天童市が製作を

行っておりその歴史は前回、天童織田藩編で

ご紹介した吉田大八と関係があります

http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/09/13/230253

リンク先



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吉田大八



天童では、藩の財政難対策に取り組んだ。当時、天童藩の財政は困難を極め、下級の藩士ほど生活は苦しく、貧窮にあえいでいた。大八はその救済策の一つとして、藩士が将棋駒を製作することを取り入れた。武士が手内職を営むことについては反対もあったが、「将棋は兵法戦術 に通じ、武士の面目を傷つけるものではない」とし、将棋駒作りを広く奨励した。天童が将棋駒の産地になった由来といわれている。

(天童市観光イベント ホームページ引用)



当時、高畠から天童陣屋への移転の経費や

飢饉による税収減、紅花の専売を実地したものの、

どれも天童藩の財政の改善に至らなかったのが

将棋作りに励んだ背景にあります。

それに様々な飛び地が入り乱れ各藩の支配も

ありましたので領土が比較的に少なかったのと

(天童藩の石高は2万石程度だと言われています)

東北の冬の寒さや自然環境も関係してると

考えられます。



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天童駅二階、お土産コーナー



駒づくりが本格的な産業となったのは明治期に入ってから。旧藩士木地師と書き師に分かれて分業生産を始めたことで、天童は大阪などと並ぶ大量生産地となっていきました。さらに大正期に入ると、いち早く駒木地の機械化を開発。駒の書き手は、大人だけでなく子どもたちも担うなど、天童は町をあげての分業体制に入りました。「押し(スタンプ)駒」も導入した昭和初期には、大阪を退けて、全国一に成長します。

山形県観光サイト引用



小藩であるが為の財政難から吉田大八や天童藩士

によって将棋駒作成の土台の基礎が作りあげられ

天童市の産業として発達した歴史があります

天童駅のお土産さんを覗いて見ると、工芸品や

将棋駒を用いたオリジナルのお菓子等が

豊富に品揃えされています。



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天童の将棋駒は、160年に及ぶその歴史の中で、生産規模をただ拡大させただけでなく、地域全体の発展そのものとなってきました。現在、市では「子ども将棋大会」や「全国中学生選抜将棋選手権大会」などを毎年開催し、将棋文化を次世代に普及させています。また、桜まつりの時期に舞鶴山で開催する「人間将棋」では、「将棋駒のまち天童」を県内外に広く発信。毎年、多くの観光客が天童を訪れ、その歴史文化に触れています。

山形県観光サイト 引用



天童駅東口を出て直ぐに将棋交流室があり

中を見学させて頂いた際は学生位の友人同士が

将棋盤に向き合い30秒将棋の対戦を行っていたり

リタイアされたであろうおじ様方の遊びの場に

なっています

入場料も無料ですので腕に覚えのあるかたは

訪問するのをオススメします。

天童市将棋資料館では将棋の歴史や世界の将棋

についての展示がされてあり、将棋交流教室と共に

天童駅東口前出て直ぐにありますので一緒に

寄っていって下さい

今回行った時は両方とも閉館日でして残念でした



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栄春堂



天童市内を散策しておりましたら将棋の工房に

たどり着いたので中を見学させて頂きました



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店内はこんな感じをしており将棋駒の販売を行って

います、さらに奥の方は撮影出来ませんが将棋の

資料館になっており見学することも可能です。



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撮影した時間帯はちょうどお昼の時間帯でしたので

将棋駒を作成される職人さんはお昼休みで不在

でしたが、ここで熟練した職人のお仕事を

見学する事が出来ます。

年期の入った工具がカッコいいです



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3月のライオンのタイアップのポスターを

街中でよく拝見しました。

漫画効果で天童市がさらに活性化すれば

喜ばしい限りです



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街中を歩けば将棋の駒のオブジェが立ち並び

旅人を歓迎してるかのようです

天童市は観光に特に力を入れているのが

よくわかります。



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春先には天童桜祭りが開催されその際に

人間を将棋の駒に見立てた人間将棋が開催されます



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舞鶴山山頂 天童市桜祭り 人間将棋



天童の春を彩る「人間将棋」は、昭和31年から行われている一大イベントです。約2,000本の桜が咲き乱れる舞鶴山を舞台に、甲冑や着物姿に身を包んだ武者や腰元たちが、将棋の駒となり対局を行います。

天童市 観光サイト 引用



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対局はプロの棋士をお呼びし、盤上の説明も

しっかりと行う本格的な対局となっており

見ごたえも十分にあります

写真は2,3年前になりますがこの日も沢山の

観光で賑わいでした



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将棋の駒役の方もしっかりと衣装を着替えて盤上に

立ちます。



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春先は舞鶴山にも綺麗な桜が咲きまだ肌寒い季節

ですが人間将棋を盛り上げてくれます。

麺屋 居間人 天童市 KABUOのCubで食べ歩き

どーもKABUOです。

旅行が好きでよく出歩きちょくちょくその地方の

オススメグルメを堪能しております。

今までは街道と一緒に紹介しておりましたが

街道沿い無い美味しい店も紹介したくなりまして

今回からKABUOのオススメする飯屋を街道とは

別に今回からブログで紹介して行きたい

と思っております。

出汁とか繊細な味付けとかアン○ャッシュの

Wのようなコメントは期待しないでください(笑)



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麺屋 居間人

〒994-0061 山形県天童市東芳賀2丁目8−36

https://ichigonohana.com

公式ホームページ



今回訪れた店は麺屋 居間人さんにお邪魔しました

前、違う場所でやっておりましたがこちらに

移転となってからの初訪問になります

天童市は美味しいラーメン屋さんが多く激戦区の

イメージが強い印象になります



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ラーメンを注文した時って大盛りと中盛りが

あると思いますが、多く盛るとラーメンとスープの

バランスが崩れて微妙な感じがするので

ラーメンを注文した時、お金があるときは

普通盛りのチャーシュー麺を頂くのがKABUOの

こだわりです



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ごっつぉラーメン 930円



一番ボリュームがあって豪華なラーメンをチョイス

しました。スープは少し甘めの味噌味のスープ

濃くもあり、食べ進めながら

ニンニクのチップと辛味噌

味変しても美味しいスープです

それに麺もこのスープにあって美味しいです

平日の昼間はライスも無料で注文でき

かなり満足しました。