KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

羽州街道を行く(山形城下町編⑦)

どーもKABUOです。

最近暑く、午後からの撮影が億劫になっています。

5月で30℃ってかなりヤバイすよね。

撮影時期はまだ4月なので桜が咲き始めの季節

でした、

今回は前回の文翔館から山形市旅籠町周辺を

紹介します。



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山形県郷土館「文翔館」

http://www.gakushubunka.jp/bunsyokan/

(公式ホームページ)



文翔館は大正5年に建てられた英国近世復興様式の

レンガ造りの建物です。大正初期の洋風建築を

代表する貴重な遺構として、昭和59年、

国の重要文化財に指定されました。

(公式ホームページ 引用)



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入口に赤い絨毯が引かれております

ちなみに入場料は無料ですのでお得です



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文翔館の東側には議場ホールがあり、当時は

ここで県議会を行っておりました

今では音楽のコンサートホールとしても

活用されています。



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裏庭になります、ここで映画「るろうに剣心」が

撮影されたの事です。



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正庁になります

天井にはシャンデリアと内装は豪華です。



周辺を散策しましょう



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里之宮 湯殿山神社と市神神社

http://www.yudonosan.jp/smarts/index/9/#page9

(公式ホームページ)



出羽三山にある湯殿山より分霊を受けて明治9年

建設された湯殿山神社

県庁や市役所の他に当時は警察署や師範学校もあり

山形中心部の深い信仰を受けておりました。




江戸時代から400年続く山形の風物詩

毎年、1月10日に七日町の通りに

出店が並ぶ初市があるのですが、

その初市の神様が市神様になります。

子供の頃は毎年、親父に連れて来られて

初飴を買いに行ったのを思い出します。



では羽州街道に戻ります。



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文翔館から市役所を通り、国道112号線に沿って

西に進みます



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観光サイトに旅籠町の説明があったので引用指せて

頂きます。



最上義光公が山形城下町をつくってから「商人・旅人は旅籠町を主な宿泊地となし…」とあるから「ハタゴ業」をする業者がいる町であったことから始まる。山形銀行本店あたりには、大名の泊る本陣宿があり、脇本陣となっていた宿は後藤小平治であった。弘前津軽藩は後藤屋を本陣としていたので、各藩主が参勤交替で泊する宿屋を定めていたようである。旅篭町には、江戸期の記録によると、小清水庄蔵本陣を中心として賀川屋、佐久間屋、藤屋、松沢屋、越後屋、柴田屋などの旅篭屋があった。北に向う通りには、吉田商店とか渡辺商店、松前屋という商人などが常に新しい商品を受け入れて販売する町人がいたが、紅花商人という豪商も少なく本来の商人気質を持っていたといわれている。例えば明治以前にあった「松前屋」は北海道の松前に「山形屋」という店を設けており、北海道の海産物(昆布、鮭など)を山形城下まで移入し、山形からは、古着、太物、米などを北海道に運び、その利益で松前藩の城門造りに協力している。二地域間の流通に対して、その地に商店を建設するプロジェクトは現在の流通機構にも共通すると思われる。旅篭町には、茶店、薬屋も多かった。お茶売りは、京山城・宇治からも仕入れていたが、茶の実を仕入れて高瀬村あたりで栽培させており、地元の茶を安く仕入れる商売方法を心得ていたのかも知れない。旅篭町のなかに、越前屋といわれた千歳角上印の醤油屋、佐治吉左衛門がいた。タマリ作りは明暦2年(1656)から大正ころまで続けられた老舗(しにせ)であった。タマリの品質は高く、販路は村山一円から置賜に至るまで拡げられていた。醤油だけでなく、絞り粕や醸造した製品で「やたら漬」を生産して、明治期の物産共進会に出品して優勝したという。近くには稲田屋、高陽堂書店などがあり、山形の食文化を築いたと思う。

(山形観光協会公式ホームページ 引用)



ここら辺が当時の宿場町だった所です。



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当時の街並みの看板が立っておりました。



どら焼きの榮玉堂さんから112号線に沿って今度は

北に進みます



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丸八やたら漬け

http://www.yatarazuke.com/mindex.html

(公式ホームページ)



ここからさらに北に進みます。



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山形メディアタワー



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山形きらやか銀行本店



国道112号線から県道22号線に進みます

2014年には東北六魂祭も開催され

当時のメイン会場の通りになります



個人的六魂祭に行った感想は、何か抱き合わせ感を

感じてしまい正直何か物足りなさを感じました。

やっぱり青森ならねぶた祭、仙台なら

七夕祭りとその土地に根差した熱気があるから

楽しいんであってその地域に行かなければ

味わえない空気があると思うんですけど

あんまりそれがあんまり感じなかったんですよね。

日本でも食べれるけど本場のフランス料理を

食べたいからフランスに行く様なもんで

やっぱり祭はその地域にわざわざ出掛けるから

価値があるんじゃないんでしょうかと

KABUOは思っております

だから山形の花笠祭はみんな来て参加してね(笑)



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秀藏寺

秀藏寺さんから出羽三山の参拝に向かう

寒河江街道の分岐点になります。

また幕府転覆計画(慶安の変)を行ったとされる

丸橋忠弥の住まいの屋敷があったとされます。



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立て看板になります

またこちらは旧百姓町という地名らしく

凶作に備えて田を耕作する百姓が

住んでいたところ。

という地名の由来があります



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かねか園本店



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したら輪店



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かねか園さんを真っ直ぐ進み

上の写真が街道の分岐点になります

左のしたら輪店さんを曲がるのが

羽州街道のルートで右に曲がり国分寺薬師堂に

向かうルートとが山形市から山寺立石寺に向かう

山寺街道になります。



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らー麺たまや



今回はここで終わりとしまして

帰りに旅籠町のらー麺たまやさんでラーメンを

頂きました。

山形では珍しいこってりドロ系の様なスープで

不思議とレンゲが進む美味しいスープと

チャーシューのボリューム満点で満足です。



続く。

羽州街道を行く(山形城下町編⑥)

うっす、KABUOです。

山形城下町編も6回目に突入しました。

正直ブログを始めてみたのはいいが遅筆で

いやになりかけております(笑)

では今回は山形市七日町に行って参ります。



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山形屋台村 ほっとなる横丁

http://www.hotnaru-yokocho.jp/album_2009.html

(公式ホームページ)



2009年にオープンした屋台村

まだお昼頃でしたので店は開いていません

でしかたが、夕方位になると飲んべえが集まり

居酒屋とは違い開放的な空間ですので

社交の場としても楽しい場所です。

ちなみにKABUOは県立図書館の帰りに寄り

一杯引っ掻けてから帰るのが好きです。

そして大体訳のわからないおっさんに

絡まれます(笑)

それはそれで楽しいんですけどね



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七日町では2年に一回ドキュメンタリー映画祭が

開催され、その時は各国から関係者や映画祭を

見に来る観光客も集まり賑わいを見せます。

しかもドキュメンタリー映画祭が終わったら

山形ビックウイングで無料で観覧も出来、

KABUOは結構観覧しに(お金が無い給料日前とかに)

行きますよ(笑)




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大沼デパート



ここから見える大沼デパートのフォルムが

好きなんですよね~~。

地下にある魚介売場はいい魚が多くオススメです。



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水の町屋 七日町御殿堰



大沼デパートを北に進むと 水の町屋 七日町御殿堰

に到着します。

山形市には山形五堰があり七日町にあるのが

そのうちの1つ御殿堰と呼ばれています。

昔は生活用水や農業用水に使用され

現在では新しく改装されて遊歩道になり

山形市に新しく出来た観光スポットになってます。



山形は盆地で花笠祭も8月と夏場はかなり暑いので

御殿堰に行って甘味処で冷たいかき氷や

餡蜜を食べるのが夏場の観光ではオススメですよ。



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山形銀行本店前です。

こちらに山形宿の本陣があり秋田の

佐竹氏や六郷氏の宿所になっておりました。



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山形銀行本店から東に進み、シネマ通りを散策。

シネマ通りは名前の通り、映画館が

多数ありましたが今では山形駅前に映画館が

集まってしまい閉館してしまいました。

古き良き山形市の思いでです。



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千歳館

http://www.chitosekan.com/chitosekan.html

(公式ホームページ)



山形を代表する老舗料亭千歳館さん

KABUOも名前だけは知っております。

舞妓さんをお座敷に呼べるらしいですが・・・・

別次元の世界だ~~~~~~‼

僕みたいな一般市民はどんどん焼き

山形のダシと冷たいラーメンで充分です。

千歳館を横目に散策を続けましょう。



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花小路

http://hanakoji.com/

(公式ホームページ)



飲み屋街です。

昭和の雰囲気が漂っています



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宿場の本陣もあり、ここら辺には遊郭等もあった

と言われています。

駅前等のチェーン居酒屋でみんなとワイワイも

良いですが、路地裏を散策して自分だけの飲み屋を

開拓するのも悪くないです。



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山形県立博物館教育資料館

http://www.yamagata-museum.jp/education-museum/

(公式ホームページ)



立派な洋風建築です。

本日は時間で中に入れませんでした



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文翔館



最後は山形市を代表する文翔館です

いい・・かっこいい・・・・。

このフォルムたまんねっすよ!。

文翔館については後日詳しく説明しますので

お待ち下さい



続く

羽州街道を行く(山形城下町編⑤)

うっすKABUOです。

山形城下町編⑤となりましたが今回は

小姓町と本町周辺を色々とぶらぶら散策します。



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JAやまがた おいしさ直売所 紅の蔵店

http://www.jayamagata.or.jp/sanchoku/directStore/

(公式ホームページ)



山形まるごと舘 紅の蔵店さんの裏手にある

JAの直売所です

隣に公園があるのでそこにバイクを止めて

散策を始めましょう。



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ろうそく町広場公園



ここら辺はロウソクを製造する

職人町だったみたいで(あかしまち)とも

呼ばれていたそうです。



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他にも銀細工を行った銀町の地名も残ってます



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普賢堂



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西念寺



裏手の西念寺さんと普賢堂さんの近くの通りでは

区画整理で名前は消えましたが

蝋燭町、銀町、塗師町、桶町の名前のとおり

職人の町だったようです。



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最近では道路整備を行い道は広くなりました

十日町周辺。



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山形市小姓町周辺と石たたみロマンロード21



最上義光時代にはこちらの周辺にお城に支える

小姓が住んでいた町が名前の由来になっています。

その後に芸者町や遊郭が建ち並ぶ

歓楽街へと変わっていきました。



スナックや飲み屋等があるので

少し面影が残ってますよね。



山形県風営法がかなり厳しい様で

エロい箱型の風俗がありませんので

キャバクラやデリへル位しか遊べる場所が

無いんですよね。

そんなこんなだから大抵山形市民の男性は

仙台の国分町に遊びに行ってしまいます。

と、そんな情報はさておきトコトコ進みます。



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仁藤商店・旬豆庵

http://nitoh.jp/

(公式ホームページ)



撮影日が4月16日でしたが日差しが強く

4月中旬でも汗だくになったので少し小休憩。

飲食店に入店した時はいつも孤独のグルメ

意識します(笑)

何々?、湯葉ソフトクリームにおからドーナツ・・

目移りしてしまうな・・・・

いかん、いかん気持ちを落ち着かせねば・・

と、一人井之頭五郎気分でメニューとにらめっこ

暑かったのでさっぱりとトコロテンを頂きました。

うん!・・・しっかりとした歯応えもあり

酢醤油でさっぱりとして体の熱が冷めました

定員の女性の方は可愛く元気で愛想良く

ご馳走さまでした。



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戸田屋正道

http://www.toda-ya.com/

(公式ホームページ)



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佐藤畜産食品(株)



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東前稲荷神社



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佐藤米穀店



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旅館菊清



山形市の観光サイトではこう紹介されています



現在は小姓町というと「芸者町」という声が聞かれるが、歴史を逆のぼると、最上義光公の時代は小姓衆の屋敷がある町であった。武家のなかで、小姓衆とは殿様に直接仕えるガードマン・市中の警備にあたる役割を持っているので、小姓町東南部に住む武家屋敷は「同心町」と称されていた。また、小姓町の南四辻あたりのことを「御蔵町」(みくらまち)と呼んだ事もあった。小姓衆は若年寄の下で城下の巡回見張り役をつとめる事例も多い。小姓町の大門を行くと広い道路になり、クランク型に曲るが道幅が広い。この裏門通りのことを馬上町と言うが、小姓衆が乗馬訓練をしていた。(「松木枕」参照)南北に走る小姓町通りの西側の民家は「桶町」の一部で職人の屋並もあったと伝えられている。
 小姓町の明治以前のすがたは武士の住む町であったことを証明するものは「東前稲荷神社」を訪れると理解できる。現代より約340年前の寛文4年、山形城主松平下総守忠弘公が建立した稲荷神社で米倉を守り、附近の農民の米作りの成功を祀る神社である。街の安全と福寿を祈念した神社で、昭和54年ころに再建する時、境内から小姓町と刻まれた大石が掘り出され、神社前に置かれている。


(山形市観光協会ホームページ 引用)



成る程‼。



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専念寺



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専念寺さん近くは旧塗師町になります。



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大日堂



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なかたち石



大日堂近くには交易や人の行き交いが多く

待ち人や探し人の情報交換を行うなかたち石が

あります。

尋ね人が片方の側面に、答える側がもう片方の

側面に貼り紙を書いて情報交換をしていたそうです

七日町のメイン通りに戻りましょう



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さてと戻って参りました。

ここからが山形市本町になります。

山形のサッカーチーム、モンテディオの旗が

見えます。



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池田屋



今回は撮影してませんが美味しいお餅さんで

山形の遊佐町出身の軍人、石原莞爾の書籍の中で

こちらに良く来られた描写がありました。



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山形グランドホテル前の十字路を左に曲がります。



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山形市立第一小学校旧校舎



山形初の鉄筋コンクリートで作られた校舎で

2009年には近代化産業遺産に登録されてます



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今では山形の観光案内所にもなっていますので

山形市七日町の散策の際にこちらで市内地図を

貰うと便利です。



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カフェもあり本日は名探偵コナン

カフェみたいです。

校内で謎を解き宝を探すイベントもやって

おりました。



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小学校を出まして本町の方へ戻ります。



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らー麺山之助 本店



本日のお昼はらー麺山之助 本店さんで

山之助特製つけ麺を頂きます。

山形県は日本で一番ラーメンを消費する県民です。

結構ご当地ラーメンも多く山形に来たら

是非食べて頂きたい!。



今回の食べた山之助特製つけ麺はスープは濃厚

ですが口当たりが良く、麺も小麦粉の風味が

しっかりとして食べごたえがあります。

七日町周辺で特にオススメするラーメン屋です。



こんなに感じで食レポも今後行いますので

よろしくお願いします



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お腹も膨れ、トボトボと山形市七日町周辺に

向かいます。



続く

羽州街道を行く(山形城下町編④)

どーもKABUOです。

写真は沢山撮って旅の記録を残してますが

遅筆で全然ブログが進まないです 。

今、5月ですけど撮影時期は桜咲きは始める4月

いったい、いつになったら追い付くのでしょう(汗)

今回は山形城下町の中心街であった

山形市十日町周辺を散策します。



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前回の所から国道112号線を北に沿って

北上し山形銀行本店と文翔館を目指します。

十日町に入る頃からお店も増えて活気盛んです。



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乃し梅本舗 佐藤屋

http://satoya-matsubei.com/

(公式ホームページ)



山形市を代表する老舗和菓子、乃し梅本舗 佐藤屋

上品な甘さと梅の香りが爽やかなお店自慢の

乃し梅は山形を代表するお菓子です。

乃し梅以外にも色々と洋菓子もありますので

山形でお土産を買うのにオススメします。



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大石田つけもの処いげたや



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丸十大屋



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本家長門



道沿いに沿ってあるけば、歴史を感じる

古い建物のお店が並んでますね。

ここで本家長門屋さんの十字路を左に曲がり

寄り道します。



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山形学院高等学校と第二小学校の近くに・・・・



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出ました、お馴染みの旧地名柱

ここら辺は毎月二日に市場がたった旧二日町地区。

出羽三山の参拝者にお土産を売る店もあったと

記載されていますが、今では寂しい通り沿いに

なっています、・・では道を引き返しましょう。



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山形市観光協会では十日町をこう説明してます。



義光公が城下町を形成したころ(17世紀初め)、十日町天台宗正楽寺と勝因寺を結ぶ道に門前町としてつくられた十日市であった。その後、寺の移転による町の整理によって、南北に走る道沿いに十日町村が生れた。最上家が近江国に移封した時、家臣のなかでそのまま山形城下に残り、町人として生活した人びと(大、十など)が十日町や七日町で生活し、江戸期の地方商人(じかた商人)として活躍するようになった。
 八日町の八幡神社の拝殿道の石燈篭には、海上安全・家内繁栄と刻まれ、その後方には江戸末期に活躍した八日町と十日町で商売していた豪商たちの名が刻まれている。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



またこういった記載もされています



寛永13年(1636)の記録によると屋敷数が約200軒あり、元禄頃には紅花の開花期にあわせて、七日町と十日町商人が自由に紅花市を開くことを許されていた。十日町の町人は十日毎に市を開くことが認められていたが、店を開くのは勝手にしていたらしい。しかし、正月十日だけは市神を祀る初市であり、十日町の特権であった。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



山形の県花である紅花の市場を中心に

十日町と七日町が発展したのを見て取れます。

山形を流れる最上川の流域は紅花の一大産地で

栽培が盛んに行われ、染め物に使う染料として

京都や大阪からの商人が買い付けに訪れ

大変な賑わいを見せた事でしょう。



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最近では古い家屋や蔵をリノべーションさせて

お洒落な雑貨屋や居酒屋も増えています。



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ちょっと寄り道、双葉公園にある

奥羽本線で活躍した蒸気機関車

蒸気機関車はいい・・・・

内部も観覧出来るので細かなパーツが見れて

かっこいい。



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ホテルキャッスル




羽州街道に戻ります、こちらの十字路の西側から

山形駅が見れます。

駅前という事もあり人通りも交通量も多いです。

ここの十字路を駅方向に曲がります。



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歌懸稲荷神社

http://utakakeinari.jp/sp/

(公式ホームページ)



山形市の観覧協会ではこのように説明されています

祭神<稲倉魂命、大市姫命、大国主命猿田彦命日本武尊火産霊神
 当神社は、山形城主斯波兼頼が山形城の守り神として城内に建立したのが、その始めと伝えられています。それより10代目最上義定が山形城の部内に社殿を建て、11代目義光のとき、天童城主との開戦に際して勝利を祈願するなど、最上家代々の信仰が厚いものがありました。
 城主や城下の人々が、短冊に歌を書いて神社に奉納する風習があり、歌を詠まないものは渡らせない橋も付近にあったところから歌懸の名が残ったと伝えられています。
 元和8(1622)年、最上家が改易されて新城主となった鳥居忠政は、人心一新をはかり、部内稲荷口(現山形駅付近)にあったこの社を、三の丸の外の現在地に移しました。
 それ以降、このご縁日である10日ごとに定期市が門前で開かれ、十日町の名の起こりとなり、その年の最初の十日市(1月10日)を初市と呼ぶなど、城下町の人々と深く結びつき信仰をあつめ、現在に至っています。

(山形市観光協会公式ホームページ 引用)



大河ドラマ伊達政宗原田芳雄が演じた最上義光

暗殺や策略を好む陰湿なイメージ像を持ってる方が

多いかと思いますが連歌を数多く残す等

戦国武将では珍しい文化人の一面を持っており

山形城下では歌を詠む事は当時は

ポピュラーだったのかも知れません。



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山形城三の丸跡



歌懸稲荷神社の裏手に山形城の

三の丸跡が残っております。

山形城下町編②で紹介した物とはタイプが違い

石垣の上に土嚢が積み重なっています。



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山形まるごと館 紅の蔵

http://www.beninokura.com/

(公式ホームページ)

羽州街道に戻ります。

十日町のメインストリートを歩きます。

蔵を改築した建造物も多いですが・・・



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吉池小児科・皮膚科医院



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旧西村写真館

http://kankou.yamagata.yamagata.jp/tankentai/archives/000046.html

(公式ホームページ)



明治、大正時代に建設された西洋建築も残ってます



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十日町の牌



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十日町の郵便局を過ぎたら次は七日町に到着します



続く http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/25/224023

羽州街道を行く(山形城下町編③)

ど~~もお久し振りKABUOです。

GWはスーパーカブ50で秋田の羽州街道を散策

していました。

秋田編もブログにも掲載しますのでお待ち下さい。

今回は山形市八日町から出発しま~す。



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あぢやま醤油



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八日町は出羽三山修験者の行者宿として栄えた

町だと言われています。

今は殆ど行者宿の面影はありませんがお寺も多く

見所が多かったです。



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八日町の羽州街道は県道17号線に

沿って東に向かいます。

途中に六椹八幡宮に続く道がありましたので

寄り道したいと思います。



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六椹八幡宮

http://www.kankou.yamagata.yamagata.jp/db/cgi-bin/search/search.cgi?panel=detail&d01=9594856077448

(山形観光協会ホームページ)


六椹八幡宮は岩手 奥六群を舞台とした豪族

安倍氏討伐を行った前九年の役の際に

陸奥の苦を抜くと験を担ぎ

源頼義源義家の親子が戦勝祈願を行い

争乱が平定後に社殿を建立したと言われています。







前九年の役に興味を持ち歴史小説は無いか探したら

ドンピシャにあった小説で、

こちらは渡辺謙も出演し大河ドラマにもなりました

知名度は低く小説も長編でしたが

前九年の役後三年の役、最後に奥州藤原氏

平泉へと繋がる面白い小説でした。

前九年の役が何で世界遺産の平泉に繋がるかは

疑問に思う人もいると思いますが

そこは小説を読んで頂ければわかりますので

ぜひ読んで下さい。

ちなみに大河ドラマの方は大河ドラマ史上

最低視聴率だったらしいです(笑)

少し近くを散策しましょう。



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ここら辺は昔は六椹町と呼ばれていたみたいですね

地名の由来は六本の椹の大樹があり六椹の里と

呼ばれていたのが地名の由来になってるそうです。



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柱の脇には高湯街道とも記載されていました。

高湯とは蔵王温泉を指していまして

昔はここから蔵王温泉の街道が続いておりました



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県別マップルで確認すると高湯街道は

国道112号線を通り上山東街道に沿って

蔵王山まで向かいます。

機会がありましたら散策したいと思います。



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法恩寺



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玄妙寺



お寺を散策中・・・・・


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玄妙寺さんのこちらの浄行菩薩

頭に水をかけてあげると罪状が消え

病ある所に水をかければ治癒すると

説明書きが書かれておりました。

・・・最近ハゲて来ましたので頭皮を中心に・・・



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宝光院



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藏龍院



最上義光が八日町を整理するにいたって

伊達政宗を意識したと思われます。

最上義光は米沢の上杉と宮城仙台の伊達政宗

牽制する働きを期待されていました。

八日町は仙台に通じる笹谷街道の分岐点があり

神社 寺院を置く事で山形城下町の防備を

備えていたと思われます。

色々と想像力を掻き立てられますね~~。



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勝因寺

http://www.paw.hi-ho.ne.jp/kakutyan/

(公式ホームページ)



最上三十三観音の第3番札所になる勝因寺さん

山形地方ではもっとも早く創建された

禅宗寺院です。

今後、最上三十三観音も巡って行きますので

よろしくお願いします。

寺院前には春になれば綺麗な桜も咲きますので

オススメスポットです。



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淨光寺



最上義光親の父、最上義守が病になった時、

名声高かった日満上人を召還し祈祷を行った所

義守の病が治ります

日満上人に義光は篤く帰依し、山形城の城内に

1万坪の境内を与えると寺院として

七堂伽藍を整備し妙法山法華寺と名付けられる

その後、最上家が改易後、保科正之の時代には

正之の母の菩提寺となりその法号にあやかり、

浄光寺と名前を変え今に至ります。

庭園が良く整備されており好印象!



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旧町名が法華町となっております。



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寺院を通り羽州街道に戻ります。



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(株)男山酒造

http://www.otokoyama.co.jp/



山形を代表する酒蔵さん



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羽州街道と笹谷街道、上山東街道の分岐点です。

はきもの緑屋さんから国道112号線を北に向かい、

次は山形市十日町に到着します。



続くhttp://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/18/223957

羽州街道を行く(山形城下町編②)

ど~もKABUOです。



山形市上町から羽州街道の先を進むます、

山形市上町を過ぎますと県道17号線に入り、

山形市五日町に到着します



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出羽桜酒造山形工場

http://www.dewazakura.co.jp

(公式ホームページ リンク先)


五日町は、山形城下の市日町で正保年間(1644~48)の松平直基公の時代(鳥居→保科→松平)、諸役免除された伝馬の多い町であったと伝えられている。羽州街道が五日町の真ん中を走っており、東には行者宿で名高い八日町があり、塗師・味噌屋・ソバ屋・酒店などの商人も活躍した町である。義光公の時に「市日町」としていたが、元禄(1688~1704)ころから市日町の活動は中止され、街道沿いの民家は商業兼農家が多くなった。その後明治の近代化に至るまで発展が殆ど見られない。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



山形市観光協会のホームページでの紹介通り、

出羽桜酒造さんや老舗蕎麦店が通りに並んでいて

羽州街道の面影がほんのり残っています。

また最上義光が五日の日に市を開催されていた

事から、五日町の地名の由来にもなっています。



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上町勢至堂



踏切を渡って右側に勢至観音堂がある。以前は、上町勢至堂と呼ばれているので2ヵ町民で祀っていた社である。勢至観音堂は寛文11年(1671)宇都宮から転封した奥平昌能公の時代に、城頓という座頭行者が建立したものである。
 幕末に、御堂が二回修復されているが、カヤ葺きのため朽ちるのが早く、明治43年5月に上町の工藤吉太郎が音頭をとって修復されたのが現在の本堂である。60年に一回の開帳の御尊像は75㌢位のものであると教えて貰った。御前仏は約50㌢で美しい木彫仏であった。境内には宝暦2年申年(1752)の弘法大師石像があり、西国巡礼を記念して建立されたと思われる。その他、蔵王山湯殿山などの石碑があり、小さい社であるが町民の信仰が深い所である。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



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勢至観音は阿弥陀如来像の脇仏で開運と智慧を授ける仏といわれ、商人たちの参詣が絶えないという。宇都宮から雪国の山形に移された奥平公も開運を願って信仰していたという。ここの祭りは毎年1月23日行われるが、町人は江戸時代から続く「オニギリ配り」を今も続けている。町民が観音堂に夕方になるとオニギリを供える。そして、家内安全と繁昌を願い、供えると一年間安心して暮せるという。供えられたオニギリは参拝者にわけられ、子供たちは大喜びで食べ合うすがたが微笑ましい。
 この祭礼の日には、市指定無形民俗文化財の「いたか町神楽」(三日町三浦健治大夫一行)が奉納される。いたか神楽は正月や稲刈りが始まる前の日を選んで各家を廻ったもので、神楽舞・剣舞・鐘馗皿や傘廻しなどの曲芸を奉納している。曲芸は約10種類あり、子どもの眼を釘付けにしてしまう。この神楽は先祖が和田幸太夫で、山形城・熊野神社などつくる時に厄払いと神事舞を兼ねていたと伝えられ、「霞城神楽」と呼ばれ親しまれている。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



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山形十三仏霊場にも数えられており、

法事を行う際、死者を守護する仏として信仰

されているそうです、

馬年生まれの守り神でもあります。



・・・ここまで書きながら頭に何故か入ってこない

山形県の宗教や信仰をテーマにしてブログも

書きたいのですがあまりにも宗教とは

関わりのない人生を送って来たので

よくわからないし実感がわかない

今後、山寺や龍山信仰も調べたいので

宗教や信仰についても勉強しなくては・・・。



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そば処三津屋本店

http://www.soba328.com/

(公式ホームページ リンク先)



大正10年創業の老舗そば店

この日は日曜日で駐車場も満車

山形はラーメンやお蕎麦も有名で美味しいので

ブログでもこれから紹介していきたいと思ってます



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静松寺



五日町、踏切手前にある静松寺さん

鳥居忠政の時代に千葉県の下総国より

移って来たとされています

撮影月日が4月9日と梅の花が少し咲いて来て

春の訪れを感じておりました。



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五日町の踏切を渡ります。

区画整理により今の地名は幸町と若葉町となって

おりますが昭和24年の地図には五日町と吹張町と

記載されております。



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踏切を渡った先から少しずつ商店が増えて来ます。



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そば処 庄司屋

http://www.shojiya.jp/

(公式ホームページ リンク)



山形市一番の老舗蕎麦屋さん、そば処 庄司屋さん

街道沿いには本当に旨いお蕎麦も屋さんが

多い印象を受けます。

入口近くには羽州街道の柱があり街道の面影を

感じさせてくれます。



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みどり湯


これを皆様に伝えたかった

山形ではたった一件しか存在しない

銭湯みどり湯さん。

近所の方でも営業日を把握していない謎の銭湯

営業日は完全予約制と不思議な銭湯です

この幸町付近は古いアパートもあり昭和の匂いが

プンプンします。

昔は山形市内にも銭湯が複数あったそうですが

ほとんど閉店してしまいました。

山形県は各市町村に温泉が必ずありますし、

山形市内でも結構あるのでしょうがないですが

銭湯でしか味わえない雰囲気もありまだまだ

頑張ってほしいです

今度予約してレポートし~~よっと



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山形城三の丸吹張口



先程のみどり湯さんを進み、左に曲がると

山形城三の丸の入口吹張口に到着します

ここは山形城下町編①の稲荷口に続き

山形城下に入る入口があった所です

三の丸は周囲6.5㎞と広範囲で最上義光の時代に

山形城の防備の為、建設されましたが最上家が

改易された後は石高も下がり荒れはててしまった

そうです。

おまけに明治以降は民間への払い下げにより

殆どは取り壊されてしまいました。



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階段を降りて進みますと三の丸の当時の面影が

残っており、立て札や説明書きもありませんが

貴重な石積みの史跡が見れます

結構、穴場なのでオススメスポットです



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ここの十字路を抜けますと次は八日町に到着です。

続く

http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/12/223849

山形城下町編③

羽州街道を行く(山形城下町編①)

ど~もKABUOです。



もう一度ブログを書き直しましたのでよろしくお願いします。



山形の城下町の入口は何処だ?。

入口が分からなければ山形を起点にした

羽州街道の旅が始まりません。

疑問に思い古い地図や文献を読みあさりました。



そこでアメリカのスタンフォード大学に残っている

明治時代の山形の写真を見ていきましょう



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こちらが明治時代の山形の地図です。



山形駅が線路が開通され、山形駅の開業が

明治34年になりますのでそれ以降の

古い地図です。

地図を見ると南舘地区や吉原地区等、

現在もある地名が地図に表記され変わっていません



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福島県桑折町から始まる羽州街道

山形に入った後、楢下宿を通り上山宿、黒沢宿、

松原宿の後、山形の城下町に到着しました。



地図を見ますと吉原地区と南舘地区を過ぎ、

上町に入った所から街並みが増えているのが

わかります。



予想では上町地区が山形城下町の入口だと思い

今回は南口の入口があったであろう山形市上町から

羽州街道に沿って山形の城下町を見て回ります。



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こちらが山形市上町ので山形城下町の入口で

あるであろう場所になります


山形道路地図で住所を確認した所、写真の位置は

山形県道5号線の通り沿い、近くには

とん八本店さんツルハドラッグ上町店さんに

住宅の街並みが並んでいます。



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道沿いには旧田町と書かれた柱が立っています。

柱の脇に「正徳寺から南館までの田を埋め立てて

屋敷したところ」と記載されております。



山形市内では昭和38~42年には新しい住居表示法

実施によって、昔からの市街地での多くの

町名が消えてしまいました。
 
そこで市では「保存しよう」との市民の声を尊重し

市制施行100周年記念事業の一環として、

市内47 ヶ所に旧町名標示柱1988(昭和63)年から

設置しました

(旧町名と歴史的建造物を守る 引用)



名前からその土地の由来や歴史的事実が分かります

ので、山形市のこういった取り組みは

街並みや歴史を勉強するうえでありがたいです。



県別マップル 山形県 道路地図 (ドライブ 地図 | マップル)

県別マップル 山形県 道路地図 (ドライブ 地図 | マップル)



明治の地図を見ると山形市上町2丁目方面に北東に

進んでおります。

県道5号線の斜め右側にある一方通行の道沿いが

古い旧道だと思いますのでそこを真っ直ぐに進んで

行きます。



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少し古い街道の雰囲気が感じられる街並みです。

ですがお店が閉店しており寂しい印象を受けます。

道が一方通行なので、車では不便で利用が少なく

なってしまったのでしょう。



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少し、山形市上町の説明をします。



山形市上町。上条町とも称した。城下の南西端、

五日町の西に接し羽州街道の入口にあたる。南館

(みなみだて)村境には入口柵が設けられていた

(角川地名大辞典 引用)



入口柵が設けられたとありましたが、写真がその

場所になると思います。



特に説明文のある看板があるわけでも無く

歩いて散策したければ気付かなかった事でしょう。

今後見直され、観光に力を入れる事も有ると思い

ますので、説明の看板を希望したいです。



ですがここが山形城下町の入口という事で

昔の旅人とリンクした気持ちになりこれからの

道中が楽しみです。



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こちらの十字路が真っ直ぐ行けば山形城下町、

左に曲がれば山形県道17号線で狐越街道の

分岐点になります。



狐越街道の古道は

東北の関ヶ原、長谷堂合戦の際に直江兼続

活用し、山辺町畑谷地区の畑谷城を落城させた

歴史もある古い街道です。

もし時間がありましたらリサーチしたいと思います



先に進みましょう。



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古峯神社

特に説明表記もなく寂しいですが、古い歴史を

感じさせてくれます。



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呉服洋品のほそやさんの道を真っ直ぐ進み、

十字路と信号機があります

そこを右に進むのが羽州街道のルートです。



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正徳寺



十字路の信号機の向かえに旧田町の柱に書かれた、

正徳寺さんに到着しました。

特に説明の看板とかはありませんでしたが

綺麗に整備された寺院です

こちらのお寺を目印に右に曲がりましょう。



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右に曲がってすぐに、池田屋酒店が見えますので

こちらの道を真っ直ぐに進みます。



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古い道を歩いていますとよくたばこ屋さんを

見かけます。今ではこういった個人商店は

コンビニに取って変わってしまい閉店した

商店が数多いです

もしかすると後10年20年もすれば取り壊されて

道全体が寂しくなってしまうでしょう。



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こちらの十字路を真っ直ぐに向かいますと次は

山形市五日町に到着しますが

ここは十字路の左に曲がり双葉公園に

向かいます


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才ブックスから出版されたワンダージャパン。

その時に変な公園遊具の特集で写真に写っている

遊具が特集されました。



・・・・・・前衛芸術のようなフォルムです

これだけ見に来た訳ではありません。



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こちらの公園には山形城、三の丸の史跡が残って

おり、説明表記された看板も残っております。



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双葉公園は山形城内に入る三の丸稲荷口の

入口となっておりました。



この場所は、当時三の丸付近の塁濠址あたり

昭和48年までは水が張った濠が残っておりました

この由緒ある旧址を残す為に形状を生かした

公園になります。


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壽稲荷神社



双葉公園を出ますと近くには壽稲荷神社があります

説明の看板によれば、

最上義光が山形城外稲荷塚に

鎮座されていたが、鳥居忠政の時代に山形城の

鎮護の神として城内稲荷口の現在地に奉還

と記載されています。



長谷堂合戦の際はここに最上義光の本陣を置き

上杉勢と直江兼続との戦に挑んだとも

説明されています。



続く

http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/01/224638

(羽州街道山形城下町編②)