KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

羽州街道を行く(山形城下町編①)

ど~もKABUOです。



もう一度ブログを書き直しましたのでよろしくお願いします。



山形の城下町の入口は何処だ?。

入口が分からなければ山形を起点にした

羽州街道の旅が始まりません。

疑問に思い古い地図や文献を読みあさりました。



そこでアメリカのスタンフォード大学に残っている

明治時代の山形の写真を見ていきましょう



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こちらが明治時代の山形の地図です。



山形駅が線路が開通され、山形駅の開業が

明治34年になりますのでそれ以降の

古い地図です。

地図を見ると南舘地区や吉原地区等、

現在もある地名が地図に表記され変わっていません



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福島県桑折町から始まる羽州街道

山形に入った後、楢下宿を通り上山宿、黒沢宿、

松原宿の後、山形の城下町に到着しました。



地図を見ますと吉原地区と南舘地区を過ぎ、

上町に入った所から街並みが増えているのが

わかります。



予想では上町地区が山形城下町の入口だと思い

今回は南口の入口があったであろう山形市上町から

羽州街道に沿って山形の城下町を見て回ります。



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こちらが山形市上町ので山形城下町の入口で

あるであろう場所になります


山形道路地図で住所を確認した所、写真の位置は

山形県道5号線の通り沿い、近くには

とん八本店さんツルハドラッグ上町店さんに

住宅の街並みが並んでいます。



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道沿いには旧田町と書かれた柱が立っています。

柱の脇に「正徳寺から南館までの田を埋め立てて

屋敷したところ」と記載されております。



山形市内では昭和38~42年には新しい住居表示法

実施によって、昔からの市街地での多くの

町名が消えてしまいました。
 
そこで市では「保存しよう」との市民の声を尊重し

市制施行100周年記念事業の一環として、

市内47 ヶ所に旧町名標示柱1988(昭和63)年から

設置しました

(旧町名と歴史的建造物を守る 引用)



名前からその土地の由来や歴史的事実が分かります

ので、山形市のこういった取り組みは

街並みや歴史を勉強するうえでありがたいです。



県別マップル 山形県 道路地図 (ドライブ 地図 | マップル)

県別マップル 山形県 道路地図 (ドライブ 地図 | マップル)



明治の地図を見ると山形市上町2丁目方面に北東に

進んでおります。

県道5号線の斜め右側にある一方通行の道沿いが

古い旧道だと思いますのでそこを真っ直ぐに進んで

行きます。



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少し古い街道の雰囲気が感じられる街並みです。

ですがお店が閉店しており寂しい印象を受けます。

道が一方通行なので、車では不便で利用が少なく

なってしまったのでしょう。



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少し、山形市上町の説明をします。



山形市上町。上条町とも称した。城下の南西端、

五日町の西に接し羽州街道の入口にあたる。南館

(みなみだて)村境には入口柵が設けられていた

(角川地名大辞典 引用)



入口柵が設けられたとありましたが、写真がその

場所になると思います。



特に説明文のある看板があるわけでも無く

歩いて散策したければ気付かなかった事でしょう。

今後見直され、観光に力を入れる事も有ると思い

ますので、説明の看板を希望したいです。



ですがここが山形城下町の入口という事で

昔の旅人とリンクした気持ちになりこれからの

道中が楽しみです。



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こちらの十字路が真っ直ぐ行けば山形城下町、

左に曲がれば山形県道17号線で狐越街道の

分岐点になります。



狐越街道の古道は

東北の関ヶ原、長谷堂合戦の際に直江兼続

活用し、山辺町畑谷地区の畑谷城を落城させた

歴史もある古い街道です。

もし時間がありましたらリサーチしたいと思います



先に進みましょう。



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古峯神社

特に説明表記もなく寂しいですが、古い歴史を

感じさせてくれます。



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呉服洋品のほそやさんの道を真っ直ぐ進み、

十字路と信号機があります

そこを右に進むのが羽州街道のルートです。



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正徳寺



十字路の信号機の向かえに旧田町の柱に書かれた、

正徳寺さんに到着しました。

特に説明の看板とかはありませんでしたが

綺麗に整備された寺院です

こちらのお寺を目印に右に曲がりましょう。



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右に曲がってすぐに、池田屋酒店が見えますので

こちらの道を真っ直ぐに進みます。



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古い道を歩いていますとよくたばこ屋さんを

見かけます。今ではこういった個人商店は

コンビニに取って変わってしまい閉店した

商店が数多いです

もしかすると後10年20年もすれば取り壊されて

道全体が寂しくなってしまうでしょう。



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こちらの十字路を真っ直ぐに向かいますと次は

山形市五日町に到着しますが

ここは十字路の左に曲がり双葉公園に

向かいます


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才ブックスから出版されたワンダージャパン。

その時に変な公園遊具の特集で写真に写っている

遊具が特集されました。



・・・・・・前衛芸術のようなフォルムです

これだけ見に来た訳ではありません。



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こちらの公園には山形城、三の丸の史跡が残って

おり、説明表記された看板も残っております。



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双葉公園は山形城内に入る三の丸稲荷口の

入口となっておりました。



この場所は、当時三の丸付近の塁濠址あたり

昭和48年までは水が張った濠が残っておりました

この由緒ある旧址を残す為に形状を生かした

公園になります。


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壽稲荷神社



双葉公園を出ますと近くには壽稲荷神社があります

説明の看板によれば、

最上義光が山形城外稲荷塚に

鎮座されていたが、鳥居忠政の時代に山形城の

鎮護の神として城内稲荷口の現在地に奉還

と記載されています。



長谷堂合戦の際はここに最上義光の本陣を置き

上杉勢と直江兼続との戦に挑んだとも

説明されています。



続く

http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/01/224638

(羽州街道山形城下町編②)