KABUOカブで激走。山形、東北街道巡りの旅(たまには海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります。目標は東北市町村全制覇

羽州街道を行く(山形城下町編②)

ど~もKABUOです。



山形市上町から羽州街道の先を進むます、

山形市上町を過ぎますと県道17号線に入り、

山形市五日町に到着します



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出羽桜酒造山形工場

http://www.dewazakura.co.jp

(公式ホームページ リンク先)


五日町は、山形城下の市日町で正保年間(1644~48)の松平直基公の時代(鳥居→保科→松平)、諸役免除された伝馬の多い町であったと伝えられている。羽州街道が五日町の真ん中を走っており、東には行者宿で名高い八日町があり、塗師・味噌屋・ソバ屋・酒店などの商人も活躍した町である。義光公の時に「市日町」としていたが、元禄(1688~1704)ころから市日町の活動は中止され、街道沿いの民家は商業兼農家が多くなった。その後明治の近代化に至るまで発展が殆ど見られない。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



山形市観光協会のホームページでの紹介通り、

出羽桜酒造さんや老舗蕎麦店が通りに並んでいて

羽州街道の面影がほんのり残っています。

また最上義光が五日の日に市を開催されていた

事から、五日町の地名の由来にもなっています。



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上町勢至堂



踏切を渡って右側に勢至観音堂がある。以前は、上町勢至堂と呼ばれているので2ヵ町民で祀っていた社である。勢至観音堂は寛文11年(1671)宇都宮から転封した奥平昌能公の時代に、城頓という座頭行者が建立したものである。
 幕末に、御堂が二回修復されているが、カヤ葺きのため朽ちるのが早く、明治43年5月に上町の工藤吉太郎が音頭をとって修復されたのが現在の本堂である。60年に一回の開帳の御尊像は75㌢位のものであると教えて貰った。御前仏は約50㌢で美しい木彫仏であった。境内には宝暦2年申年(1752)の弘法大師石像があり、西国巡礼を記念して建立されたと思われる。その他、蔵王山湯殿山などの石碑があり、小さい社であるが町民の信仰が深い所である。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



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勢至観音は阿弥陀如来像の脇仏で開運と智慧を授ける仏といわれ、商人たちの参詣が絶えないという。宇都宮から雪国の山形に移された奥平公も開運を願って信仰していたという。ここの祭りは毎年1月23日行われるが、町人は江戸時代から続く「オニギリ配り」を今も続けている。町民が観音堂に夕方になるとオニギリを供える。そして、家内安全と繁昌を願い、供えると一年間安心して暮せるという。供えられたオニギリは参拝者にわけられ、子供たちは大喜びで食べ合うすがたが微笑ましい。
 この祭礼の日には、市指定無形民俗文化財の「いたか町神楽」(三日町三浦健治大夫一行)が奉納される。いたか神楽は正月や稲刈りが始まる前の日を選んで各家を廻ったもので、神楽舞・剣舞・鐘馗皿や傘廻しなどの曲芸を奉納している。曲芸は約10種類あり、子どもの眼を釘付けにしてしまう。この神楽は先祖が和田幸太夫で、山形城・熊野神社などつくる時に厄払いと神事舞を兼ねていたと伝えられ、「霞城神楽」と呼ばれ親しまれている。

(山形市観光協会 Web山形十二花月 引用)



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山形十三仏霊場にも数えられており、

法事を行う際、死者を守護する仏として信仰

されているそうです、

馬年生まれの守り神でもあります。



・・・ここまで書きながら頭に何故か入ってこない

山形県の宗教や信仰をテーマにしてブログも

書きたいのですがあまりにも宗教とは

関わりのない人生を送って来たので

よくわからないし実感がわかない

今後、山寺や龍山信仰も調べたいので

宗教や信仰についても勉強しなくては・・・。



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そば処三津屋本店

http://www.soba328.com/

(公式ホームページ リンク先)



大正10年創業の老舗そば店

この日は日曜日で駐車場も満車

山形はラーメンやお蕎麦も有名で美味しいので

ブログでもこれから紹介していきたいと思ってます



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静松寺



五日町、踏切手前にある静松寺さん

鳥居忠政の時代に千葉県の下総国より

移って来たとされています

撮影月日が4月9日と梅の花が少し咲いて来て

春の訪れを感じておりました。



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五日町の踏切を渡ります。

区画整理により今の地名は幸町と若葉町となって

おりますが昭和24年の地図には五日町と吹張町と

記載されております。



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踏切を渡った先から少しずつ商店が増えて来ます。



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そば処 庄司屋

http://www.shojiya.jp/

(公式ホームページ リンク)



山形市一番の老舗蕎麦屋さん、そば処 庄司屋さん

街道沿いには本当に旨いお蕎麦も屋さんが

多い印象を受けます。

入口近くには羽州街道の柱があり街道の面影を

感じさせてくれます。



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みどり湯


これを皆様に伝えたかった

山形ではたった一件しか存在しない

銭湯みどり湯さん。

近所の方でも営業日を把握していない謎の銭湯

営業日は完全予約制と不思議な銭湯です

この幸町付近は古いアパートもあり昭和の匂いが

プンプンします。

昔は山形市内にも銭湯が複数あったそうですが

ほとんど閉店してしまいました。

山形県は各市町村に温泉が必ずありますし、

山形市内でも結構あるのでしょうがないですが

銭湯でしか味わえない雰囲気もありまだまだ

頑張ってほしいです

今度予約してレポートし~~よっと



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山形城三の丸吹張口



先程のみどり湯さんを進み、左に曲がると

山形城三の丸の入口吹張口に到着します

ここは山形城下町編①の稲荷口に続き

山形城下に入る入口があった所です

三の丸は周囲6.5㎞と広範囲で最上義光の時代に

山形城の防備の為、建設されましたが最上家が

改易された後は石高も下がり荒れはててしまった

そうです。

おまけに明治以降は民間への払い下げにより

殆どは取り壊されてしまいました。



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階段を降りて進みますと三の丸の当時の面影が

残っており、立て札や説明書きもありませんが

貴重な石積みの史跡が見れます

結構、穴場なのでオススメスポットです



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ここの十字路を抜けますと次は八日町に到着です。

続く

http://yamagata.hatenadiary.com/entry/2017/05/12/223849

山形城下町編③